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31話 雨妹の怒り

雨妹(ユイメイ)たちが年配の女官に連れられて行った先は、広い一室だった。

 しかしその部屋の窓の隙間から、煙が流れ出ている。


 ――なにあれ、火事?


 だがそれにしては、女官が慌てる様子はない。

 立彬(リビン)子良(ジリャン)を見ても、二人も訝しむ顔である。

 そんな雨妹たちに、先頭を歩く女官が振り向いて視線を寄越す。


「何を見ても騒がないように」


そう静かな声で言うと、音を立てないようにそっと扉を開けた。


「……!」


そして目に飛び込んだ光景に、雨妹は一瞬言葉を失う。

 目に染みるほどに煙煙しく香が焚かれている室内で、友仁(ユレン)皇子が上半身裸で床に座っている。

 そしてそのむき出しの背中を、あの派手な女官が木切れで打っていた。


 ――なに、なによこれは!?


 雨妹は頭に血が上っていくのがわかる。


「やめなさい、そこの幼児虐待犯!」


そして気が付けばそう叫びながら駆け出していた。


「あ、こら!」


隙を突かれた立彬がその行動を止めることが出来ないまま、雨妹は派手な女官の背中に跳び蹴りをかます。


「とうっ!」


「うぐっ!」


扉が開いたことにも、雨妹たちがいることにも気付いていなかった彼女は、木切れを握ったまま床に倒れ込む。


「一人で突撃する奴があるか」


立彬が呆れた顔をしており、子良と年配の女官が呆気に取られているようだが、自分でも止められなかったのだから仕方がない。


「さあ、こちらに!」


雨妹はこの間に友仁皇子を部屋の外へ連れ出そうと、その顔を覗き込む。


「……なに?」


なにが起こったのか状況がわからないのだろう、大きく目を見開いて雨妹を見る。だがその姿は痛々しいの一言だ。

 痛みを必死に堪えていたのだろう、唇は噛み締めすぎて血が出ており、顔は涙と鼻水でグシャグシャになっていた。

 痛くて怖くて悲しかっただろう、その小さな身体を抱えた雨妹は、煙煙しい部屋から脱出すると、子良を呼ぶ。


「先生、治療を!」


「わかった! ああ可哀想に、血が出てるじゃないか」


子良が速やかに友仁皇子の手当てを始める一方、あの派手な女官がゆっくりと立ち上がる。


「誰、邪魔をしたのは」


そう呻きながら首を巡らせる彼女の前に、立彬が友仁皇子を隠すように素早く立ちふさがった。

 彼女は自分を蹴ったのが立彬だと勘違いしたのか、その姿を憎々し気に睨みつける。


「またお前……! 

呪い払いの邪魔をするなんて、どういうつもり!?」


噛みつくように叫ぶ彼女の言葉に、雨妹はこめかみが引き攣るのを感じる。


 ――なにが呪い払いよ、自分の鬱憤払いの間違いでしょう!


 雨妹は進み出て立彬の隣に並ぶと、声を張り上げた。


「友仁皇子殿下は呪いなんかじゃありません、ただの体質です!」


けれど彼女は雨妹をここで初めて認識したらしい。


「……なによ、アンタは?」


見知らぬ宮女を見たように眉をひそめる。

 前回遭遇時には立彬の後ろに隠れていたので、こちらの存在に気付いてないのも無理はないだろう。

 だが雨妹が会話に割って入るのが気に食わないのか、すぐに鋭い視線を向けて来る。


「下っぱ宮女は引っ込んでなさい、身の程知らずな」


唸るように言い捨てる彼女を、雨妹も負けじと睨み返す。


「身の程知らずはどちらです!

 皇子殿下を世話するべき人が体質に気付かず、原因を見極めようともせずに安易な結論に飛びつくなんて、恥を知りなさい!」


雨妹が怒鳴りつけると、彼女は一瞬顔をしかめた。


 ――この人……


 その様子を見た雨妹の中である確信が芽生え、さらにきつく睨みつける。

 だが相手も黙っていない。


「私は皇太后陛下の意に従っているまで!

 それをわけのわからないことを言って邪魔するなんて、許されないことだわ!」


皇太后の名前を出せば、たいていの者が引き下がったのだろう。

 彼女は今回も得意気に言ってみせた。

 しかし――


「何事であるか?」


そこに突然、低い男の声が響く。


「……!」


雨妹は即座に立彬の横に並び、臣下の礼をとる。

 それは子良も年配の女官も同様だ。

 緊迫した空気の漂う中、胡昭儀に伴われ現れた人物を、彼女は呆然と見つめる。


「皇帝陛下……」


しかし彼女はすぐに我に返り、慌てて頭を下げる。

 ゆったりと歩いてきた皇帝は、一同を見渡す。


「明賢から『友仁の一大事』と言われて来てみれば、これはいったいなんの騒ぎだ?」


これに派手な女官が顔を上げ、皇帝に告げた。


「私は皇太后陛下のお言いつけを忠実に守っていたのです。

 なのにそこの下級宮女が、身の程知らずにも言いがかりをつけて来て……」


彼女は皇帝に向かって己の正しさを主張しようとしたのだが。


文君(ウェンジュン)、陛下の前で大きな声を出すなんて、はしたないですよ」


胡昭儀が止めに入る。

 どうやらこの派手な女官は名前を文君というらしい。

 そして胡昭儀は一歩前に出て皇帝に向かい合うと、この場の全員に聞こえる声で尋ねた。


「恐れながら陛下にお尋ねいたします。

 この者たちを陛下自らが遣わせたというのはまことでございますか?」

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