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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第九章 苑州の乱

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315話 州城にて

苑州の州城にて。

 城壁に備え付けられた門の外に立つ門番兵の男にとって、この日もなんということのない、代わり映えのない日常である予定だった。

 州城内で妙にゴタゴタしているのは気付いているが、お偉い方がどうなっていようと、東国人が堂々と州城に出入りしていようと、男には関係がない。

 一日ただ無言で門の前に立っている、それだけで給金が貰えるのだから結構なことだ。


『近々この土地は東国になるだろう』


男の同僚たちの間では、そのような話がひそやかに語られているけれど、なにもそれは特別な事件ではない。

 男の曾祖父あたりの時代、このあたりは東国だったのだから、どこかの誰かが勝手に決める国境線とやらがまた変わるというだけで、住民たちの暮らしはなんら変わることはない。

 男や他の住人にとって、「今日も死ななかった」ということが日常である。

 もしこの場に宇あたりがいれば、この男について「典型的な苑州人」とでも評するかもしれない。

 そんな男の日常に、しかし異物が紛れ込もうとは。

 その異物は、気が付けばいつのまにか近くにまできていた。


「そこを退け」


ふいにそんな声がして、男は初めてその異物――女と子どもの二人を連れた青年の存在に気付く。

 暇なのでボーッとしていたのは確かだが、それにしてもいつの間に間近にまで近付かれたのか、上司に知れれば叱られてしまう。

 女子供は粗末な格好をしており、青年は鎧を着込んで立派そうな剣を腰に下げている。

 青年は傭兵かなにかであり、女と子どもは傭兵の身の回りの世話をする奴隷だろうか?

 金のある傭兵はそうした世話人、特に夜の閨の世話をさせる者を連れ歩くことがあると聞く。

 そう思って女と子どもを見れば、なかなか容姿が良いではないか。


 ――こいつらは誰かの客人か、ならば後で「味見」くらいできないものか。


 男がそのような下卑た考えを抱いていると、ガチャリと金属音がしたかと思えば。


「耳が遠いようだな、さっさと退けと言っている」


気が付けば男の腰に収まっていたはずの剣が、男の喉元すれすれに突き付けられていた。

 青年の決して荒げているわけではないのに、妙に耳に響く声に、男は金縛りにあったかのように身体が固まってしまう。

 この状態には覚えがある、山の中で熊と遭遇した時、このようになったことがある。

 あの時は熊が腹一杯であったらしく、助かったのだったか。

 つまり、あの時と同じ恐怖を、身体が感じているのだ。

 それに嫌でも視界に入る剣の鈍い輝きが、飾りではなく実戦で使い込まれた剣なのだと、男はふいに悟る。

 己が持たされている、剣とは名ばかりのただの棒でしかない代物とは雲泥の差である。

 剣を避けて下がろうにも金縛りで身体が動かず、むしろ恐怖での震えで喉元が自ら剣に突き刺さりに行く始末。

 おかげで男の喉はすぐに血だらけになりつつあった。

 すると、青年が不機嫌そうに眉をひそめる。


「勝手に血を流すな」


そう告げた青年が剣の腹で男を引っ叩き、その威力で男はゴロゴロと転がってしまう。

 青年はさほど力を込めた風には見えなかったのに、男は腹の中がどうにかなるかと思うくらいに痛い。

 けれどおかげで、剣先から逃れることに成功したわけだ。


 ――なにが、なにが起きているのか?


 男は薄らとした意識の中でそう考え、やがて気絶してしまった。



さて、一方で門番の男を力づくで退かした青年――大偉はというと。


「ふむ、こちらの話を聞かないままに気絶するとは。

 気絶する前に門を開けてほしかったのだが」


首を勝手に血だらけにして意識を失った門番に、大偉は首を捻る。

 これに意見を述べたのは、同行者の女、毛である。


「いいえ、意識があったとしても、恐らくこの者には門を開く権限はありますまい」

「ふむ、まあそういうこともあるか」


毛の意見に、大偉も納得する。

 閉ざされている門を開くというのは案外大事で、門番一人の判断で開閉できるものではない。

 だから普段から開かれた門であるならばともかく、閉じているのが通常の門を通りたければ、事前に通達をしておかなければならないのだ。

 そしてこの州城の門はいつも閉ざされている類の門なのであろうし、見た所関係者が使う戸口も見当たらない。

 ならばあちらで気絶している外の門番は、そもそも州城の中に入る権限のない兵士なのかもしれない。

 それにしても、「安易に首を刎ねない」というのは案外気を遣うものだ。

 つい衝動的に剣を動かしそうになるのを、ぐっと腕に力を籠めて止めるので、妙に肩が凝って仕方がない。

 宇からも「片付けが面倒だよ?」と言われてしまったし、ここは本来敵の城というわけでもないので、確かに後々を考えると綺麗に戦うことも大事かもしれない。

 そのように大偉が思考を巡らせていると。


 カン!


 大偉の耳に、乾いた音が聞こえた。

 見れば近くに矢が落ちていて、おそらくは大偉をめがけて射られたものが、途中で落ちたのだろう。

 大偉が城壁の上を見上げれば、そこにいる数人の兵が弓を構えている。

 落ちているのは彼らが射た矢なのだろう。


 カカカン!


 さらに続けざまに矢を射られるが、またまたそのどれも大偉に命中することはない。

 何故か途中で全て軌道が逸れてしまうからだ。


「どうなっている!?」


城壁上の兵士がざわついているが、彼らにはさらに驚くべきことが起きた。

 なんと、門が勝手に開きはじめたのだ。

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