314話 鎧に食い付く
ともあれ、この宇の作戦を採用するとして。
「その策に必要なのは、衣服くらいか?」
大偉がそう確認するのに、飛が問題点を上げる。
「生憎と、鎧は簡素なものしか持ち合わせておりません。
見栄えの面ではどうですかねぇ」
そうなのだ、旅の荷物は軽い方が足も速くなるので、必要最小限でまとめたために、ゴテゴテと飾りのついて重たい儀礼用の鎧は荷物には入っていない。
立派な装備は大偉の武器である剣くらいだろう。
これは大偉に合わせて作られた業物で、鍛冶師が遊び心で柄に刻んだ牙の印を殊の外大偉が気に入って、鎧などにも揃いで牙の印をつけているのだ。
けれど簡素な鎧とてそこいらの安物ではなく、腕のいい鎧職人に作らせた物なのだから、それなりに見栄えがするし、なにより使い込まれた質感がある。
「まあ、わかる者には揃いの特別な装備だと気付きますか」
「ふぅむ」
大偉主従が思案するのに、宇がキラリと目を光らせた。
「いいじゃん普段使いの簡素な鎧って、なんか玄人っぽくてさ!
『腕に自信アリ』っていう感じがして、僕好きだなぁ。
ねえ、やっぱり革鎧? それとも金属っ!?」
やたらと前のめりで距離を詰めてくる宇に、大偉もさすがに引き気味である。
大偉のこれまでの人生で、子どもからこの距離感で話しかけられることなどなかったことだろう。
「金属を貼りつけた鎧など、一揃い持ってはいるが重たくて好かない。
重鈍であるのは戦場では使えぬ」
「あれは馬の背でじっとしている者に似合いますかなぁ」
「やっぱりそうなんだぁ~!
はあぁ、そういう『リアルっぽい』のって、興奮するぅ~!」
大偉と飛がそう語り合うが、これを聞いて宇が何故か興奮してその場で飛び跳ね出す。
けれど今なんと言ったのか、飛にもわからない。
そういうことは宇との会話でしばしばある。
「一体どこの言葉なんだろうな?」
「申し訳ありません。
宇様は時折意味のわからぬことを話すのです」
首を捻る飛に、毛がそのように告げてきた。
――やはり、妙な子どもだ。
飛の感想は、実にこれに尽きる。
色々と話をしたが、とりあえず大偉が鎧を着込んでいくのを、飛も手伝う。
――やはり我が主は、鎧を着ると存在感が変わるな。
大偉はなんだかんだで皇子であるので、襤褸を着ていてもどこか品が感じられるが、これが簡素であっても鎧となると、その存在感が倍以上に膨れ上がるように思える。
やはりこの皇子は、宮城に押し込めていられる男ではないのだ。
そして宇ではないが、鎧の使い込まれている質感が凄味を醸し出し、むしろ儀礼用の鎧よりも映えるかもしれない。
一方で、大偉の革鎧と剣に刻まれた牙の印を目にした毛が、なにかに気付いたように顔色を青くする。
「もしや、貴方は……」
しかし大偉にジロリと視線を向けられると、青い顔を白くして黙してしまう。
「どうかしたの?」
そんな毛の様子を見て、宇が不思議そうにする。
「いいえ、なにもございませぬ」
けれど毛はそう言って首を横に振った。
すると宇はもう興味を無くしたようで、次いで大偉の鎧姿を四方からジロジロと観察し出す。
「う~ん、雰囲気あるよ!
あとは喧嘩が強ければもっといいよね!」
宇が褒めたたえた後でそう付け加えるのに、大偉が微かに眉をひそめる。
「喧嘩はどうであろうな? 苦手かもしれぬ」
このように述べる大偉だが、この「苦手」というのは一般的な意味合いとは少々違う。
「我が主は、喧嘩になる前に相手の首を刎ね飛ばしますからなぁ。
喧嘩にならねぇっていう意味だと、確かに苦手っていうことになるでしょうかな」
飛がそう解説をすると、大偉が「うむ」と頷く。
「やはり……」
これを聞いた毛がそう呟くと、顔色をさらに悪化させて透き通るのではないかと心配になる。
一方で宇は興味深そうにしていて。
「お兄さん、短気な人なの?」
「そうだな、羽虫の戯言を聞き続ける気はない」
宇のどこかズレている問いに、大偉はとても真面目な調子で答える。
このようなのん気な調子で、州城強襲計画がひっそりと幕を開けたのだった。




