308話 州境にて
***
場所は移り、雨妹がダジャと面談している頃に、苑州にて。
大偉たちが宇とお付きの娘の二人を連れて、再び青州との州境へと向かっていた。
「都に行く道って、誰もいないんだねぇ。
もっと人がたくさんいると思っていたのに」
誰ともすれ違わず、景色も岩山が見えるばかりで変化のない道中に飽きてしまった宇が、つまらなそうにそう零す。
「それは仕方ない、戦が起きようかという物騒な場所への道を、誰が通りたいものか」
そんな宇に、大偉がそのように語る。
――すごいな、殿下がまるで常識人みたいに見える。
大偉と宇を比較すると、年長者としての分別が身についている分だけ、大偉の方が「まとも」な発言ができる。
なので大偉がまるでそれなりに立派な人間に成長できたような錯覚に襲われ、普段大偉に苦労をさせられている飛としては、なんとも不可解な思いに襲われてしまう。
そんな一方で。
「しかし、本当に関所を抜けられるのでしょうか?」
宇がフラフラとどこかに行ってしまわないようにと、宇と手を繋いで歩く娘がそう不安を口にする。
この娘は名を毛露といい、どうやら苑州の州城の官吏の娘であるという。
宇曰くその毛官吏とは、「馬鹿ばっかりの中で、唯一まともな人だよね」とのことだ。
その「まともな人」であるが故に、子どもの身で大公に就かされた宇のことを捨て置けなかったのだろう。
――まあ普通に考えて、逃げ出す大公を通す関所なんてないだろうな。
飛は内心でそう考えるものの、口に出すのは別のことだ。
「大丈夫、皇帝陛下の影は優秀だ」
事前に皇帝の影と繋ぎを取り、この二人の迎えを寄越してもらえることになっている。
どうやら皇帝がこの宇の身柄を確保したがっているようだし、そのあたりは影がなんとでもするだろう。
というよりも、飛としては早く宇の身柄を引き取ってもらって、妙な事をしでかさないかという心配で胃が痛くなるのを、早くどうにかしてほしい。
そんな飛の願いが届いたのか、思ったよりも早くに影と合流できた。
もうじき州境の関所が見えてこようかというあたりで、道の傍らに座り込んで居眠りしている風な旅装の人物が見える。
――あれだな。
飛は大偉に頷いてみせてから、その旅装の人物に近付く。
「そちらか?」
するとその者が、居眠りの姿勢のままで問いかけてくる。
「ああ」
これに飛は短く返す。
あちらも飛も同じ影同士であるので、言葉で詳細に語るようなことはしない。
事前に文で伝えるべきは伝えてあるし、あとの感情的なことは、あちらが飛の表情なり仕草なりから推測するのだ。
そんな飛の現在の心境といえば、「やっとこの子どもから解放される!」という晴れやかさであった。
そんな飛の一方で、大偉はというと。
「では、達者でな」
冷たくも聞こえる口調でそう告げる。
飛と違って宇たちとの別れに対して、特になにか感情を表すことはしない。
いや、別れの言葉を口にするのは、大偉にしては感情を表している方かもしれない。
なにしろ自身の母親である皇后に向かっても、自ら挨拶などしない男なのである。
というよりも、人を見分けられない大偉が、母親をちゃんと認識できているか怪しいものだ。
おそらくは「人より派手な格好なのが皇后」くらいに考えているのだろう。
普段がそのような大偉であるのに、つまり宇はそんな中で、なかなか個性的で印象に残る部類に入ったらしい。




