303話 国民病の正体
「一体なんの話だ? 近親婚とはなんだ?」
そのように疑問を述べてきたのは、小声の会話であっても聞こえたらしい李将軍である。
そんな李将軍に、解が答えた。
「近い血縁者同士での婚姻――たとえば親と子、兄弟と姉妹、そうした縁者同士で子を成すことです。
把国では、近親婚はありふれているのですか?」
解が言葉の後半でダジャに問うと、それにダジャはむしろこちらの方こそ不思議そうにしている。
『確かにそのような婚姻はよくある。
父上と母上は兄姉であるが、しかし母上には長く子ができなかった。
それゆえに王子を早く得ようと待望した父上が、父上の母上、すなわち私の御祖母様と同衾し、生まれたのが私だ』
「なんと……」
ダジャの意見に、雨妹の傍らで、今まで黙して立っているだけであった明が思わずそう零す。
けれど、このような崔国側の反応こそ、ダジャには驚きであるようだ。
『我が国では高い職能を持つ者は優遇される。
ゆえに能力ある子を得ようと、或いはよそに能力ある子を奪われまいと、一族内での婚姻が勧められることが多いのだ』
ダジャが重ねてそう説明してくる。
親から子へと受け継がれる能力というものを確実にしようと、固有の能力が高い人物の子どもや孫だけで婚姻させ、さらなる強い能力の持ち主を生み出そうとするのは、近親婚の大きな理由ではあるだろう。
しかし、人とはそのような計算通りに生み出せるものではない。
「なるほど、もっと大きな問題の前にあって、ケシ汁被害は些細なことであったのだな」
解がそう言って「ほぅ」とため息を吐く。
この崔国側の様子を、ダジャはよくないことを言われたのだと察したようだ。
『なんの話をしている?』
目を鋭くするダジャに、明がすかさず警戒して剣を鳴らす。
「これこれ、そういきり立つものではない」
殺気立つダジャの肩を李将軍が軽く叩いて制し、明にも視線を向けると、明は剣を持つ手の力を緩めた。
場が落ち着いたのを見計らい、解が告げた。
「今話していたのは、近親婚の害についてです。
張殿、あちらにもわかるように説明できるか?」
「え、あ、はい!」
解から話を振られ、雨妹はなんと説明したものかと考えながら、言葉を紡ぐ。
「近親婚、すなわち血縁の近い者同士で子を為し続けると、同じ一族の血のみが凝縮されて濃くなってしまい、そうなると弊害が大きくなってくるのです。
お料理で、お鍋でずっと同じ中身をコトコト煮ていたら、煮詰まってしまって固まるし味は濃いしで、全然美味しくなくなるでしょう?
それと似たようなもので、人も血縁者ばかりで子孫が続くと、煮詰まってしまって健康ではない子どもが生まれてしまうんです」
この雨妹の通訳越しの説明は、ダジャにとって初耳だったのか、驚愕の表情をしている。
「あまりに近親婚を繰り返してしまうと、生まれつき虚弱だったり、耳や目の機能が弱い、生まれつき肉体に欠損がある、精神的な弱さがあったりと、様々な問題を抱えた子どもが生まれてしまい、なによりも、子どもが生まれにくくなってしまいます。
近親婚をした全てでそうなるわけではないですが、多いことは確かです」
つまり、近親婚由来の諸問題に慣れきっていた把国人は、ケシ汁の症状を「どうせいつものことだろう」と安易に流してしまったのだろう。
おそらくは問題視をした医者もいたのかもしれないが、大多数の意見に消されてしまったのだ。




