299話 同行者、明
――てっきり、立勇様か李将軍かと思ってた。
雨妹はこれまでの外出時の同行者はたいていの場合でその二人だったので、今回の相手が明であることに驚くと言うか、新鮮である。
一方で明は、雨妹が己を見て驚いたことに顔をしかめていた。
「俺がお付きだと不満そうだな」
明が嫌味な口調でそう言って、「ふん」と鼻を鳴らす。
「いいえ、不満などはないです。
ただこれまでにない人選だっただけで」
それに対して、雨妹は素直に気持ちを述べた。
明はこう見えて小心な男なので、案外驚かれたことにしょんぼりしているのかもしれない。
「……まあいい、行くぞ」
明はしばしジトリと雨妹を見ていたが、やがて背を向けて歩き出す。
「わかりました」
その明の後を、雨妹は黙ってついていく。
――でもそうだよね、そもそも立勇様は来れないよね。
立勇が仕える太子の実家である青州は、苑州と仲が悪いという。
太子や立勇はそのような理由で騒ぎ立てるとは思わないが、背後にいる実家が煩いのかもしれない。
けれど、太子をこの問題からいつまでも除外するわけにはいかないはずだ。
――案外、「このくらい自力で調べろ!」って言われているとか?
平和な世でも戦乱の世でも、情報を制した者が強いというのは、雨妹とて前世の歴史及び華流ドラマで知っている事実である。
これもひょっとしたら太子教育として、情報戦の勉強の一種なのかもしれない。
もしそうなると、確かに雨妹の勝手で情報をペロリとしゃべってしまってはまずいのだろう。
――うん、私はこの件では知らぬ存ぜぬでやり通す方向で!
雨妹は改めてそう決意してぐっと拳を握るものの、立彬に絆されて多少ペロッとしゃべったのだが。
しかしそれは、あの時の立彬の意見を信じることにしよう。
このようにして、雨妹が一人で考え事をしている様子を、明がちらちらと見てくる。
その目が「なにか妙な事を考えているのではあるまいな?」
と語っているが、そもそも明との会話が弾まないから、考え事が捗るのだ。
もっと気をつかって世間話でも振ってくれればいいのに、そうした気の回らない男である。
このように若干居心地の悪い雰囲気のまま、雨妹は目的地の隊舎に到着した。
後宮ウォッチャーとして、また新たな場所を開拓してしまった雨妹である。
その隊舎内は、しぃんとしていて、兵士がいる気配が感じられない。
「静かですねぇ」
「人払いがしてあるからな」
雨妹の感想に、明からそう返ってくる。
なるほど、実際に人がいないのであれば、静かなのも道理だ。
こうして二人で隊舎に入り、若干の汗臭さが漂う中を歩いていくと、明がやがてとある戸の前で立ち止まる。
「明永です、入ります」
明がそう名乗って戸を開けると、中には既に誰か男がいて、卓についてお茶を飲んでいるではないか。
――およ、知らない人だなぁ。
その人物は格好からして文官、しかもかなり偉い人だろうかと、雨妹は推測した。
その偉い文官の男が、入ってきた雨妹たちを見て立ち上がる。
「わざわざ来てもらったが、どうか気楽に。
私は中書令の解威だ。
今回の会話について記録するので、そのつもりでいるように」
中書令とは、正真正銘の偉い人であった。
しかもあちらから自己紹介をされてしまい、雨妹は慌てて礼の姿勢を取る。
こうも丁寧な態度を取られると、なんだか恐れ多すぎるというもので、雨妹は逆に緊張してしまう。
「私は張雨妹と申します、掃除係です!」
「お前さん、俺相手なのとずいぶん態度が違うな」
しゃんと背筋を伸ばして自己紹介を返す雨妹に、明が嫌味を言ってくるが無視である。




