297話 先行き不安
恐れを抱く飛であるが、その主は宇に問いかける。
「お主は、静とやらが好きなのか?」
「もちろん!」
これに宇が元気に返す。
「だって、静を生かすのも楽しませるのもいじめるのも殺すのも、静と命をわかちあった世界でただ一人である、僕だけに与えられた特権じゃない?
それを奪おうだなんて、死をもって償うしかないことだよね?」
宇は無邪気な顔をして、まるで「空は青い」ということと同じように当たり前であるような口調で、サラッとそのようなことを言ってきた。
当たり前の話だが、双子であっても片割れの生殺与奪権を持って生まれたりはしない。
大偉もさすがにこの発言に、良くないものを感じたようだ。
「おい飛、この子ども怖いぞ。
どこかの山の中で野垂れ死にさせた方が、その静とかいう子どものためではないのか?」
「若が怖いと言うだなんて、すごい子どもですね」
珍しく真顔でまともなことを述べてきた大偉に、飛も深く頷くしかない。
この大偉と飛の反応に、しかし宇はケラケラと笑う。
「やだなぁ、冗談じゃないか」
そう楽しそうに言われても、飛は「そうか、冗談であったか」と納得できはしない。
むしろ本気で言っていたのだという考えが深まるばかりだ。
すると宇がさらに言う。
「静はね、僕の宝物だから、ちょっと強引な手だったけど外に出したんだ。
だって静が怖がって泣いちゃったら、かわいそうだと思って」
険しい山を越えさせて都入りをさせるとは、「ちょっと」
どころではないくらいに、これ以上ない強引な手だろう。
できれば飛だってそのようなことはしたくない。
けれど、このふざけているのか真面目なのか判断のつかない宇の「かわいそう」
という言葉が、どういうわけか真実味を帯びて聞こえた。
宇が言葉を続ける。
「僕ねぇ、何家っていうのも嫌いだし、州城で偉そうにしているだけの奴らも嫌いだし、『正義は我らにあり』とか言っちゃっているのに所詮他力本願な奴らも嫌い!」
宇は癇癪を起こす子どものように、頬を膨らませて叫ぶ。
いや、年頃からして癇癪を起こす子どもそのものであるのだが、言っていることは全く子どものそれではない。
「嫌いな奴らばっかりだから、もうココは滅びればいいと思うんだぁ。
けどね、そうしたらきっと静が泣くんだ。
静はお馬鹿で可愛いお姉ちゃんだけど、どうしてかあのクソ爺老師になついているんだから、本当に神経疑うよね。
それにさぁ、東国っていう連中も嫌いだから、後で来られても癪なんだぁ。
だって、静のことをきっと好きそうだもの、あの連中」
嫌いだから滅びればいいとは、子ども故の単純な思考なのか、はたまたもう全てを諦めて切り離した方がいいということなのか。
会話を重ねれば重ねるほど、わからなくなってくる。
「だから比較的良さそうな皇帝なら、いい感じにプチってやってくれないかなぁ? って思ったの。
そうしたらほら、ちゃんと人が来たじゃない?
僕、ひとまずここまで大成功!」
このように話した宇は、手を上げて喜んでみせた。
「皇帝を頼ったのは正解だったね。
老師は『戦え』しか言わないクソ爺だけど、皇帝のことを教えてくれたことだけは、感謝してもいいかな」
そう話した宇は、本当に嬉しそうに笑う。
――こいつは子どもか、はたまた子どもの姿をした幽鬼の類か?
そんな宇の姿に、飛は一体何者と会話をしているのか、だんだんとわからなくなってくる。
しかし、大偉はそのような迷いを見せず、真っ直ぐに宇を見ていた。
「聞いていると、お前の行動は全て静という姉のためなのだな」
大偉がそう語ると、宇はきょとんとした顔になる。
「当たり前じゃないのさ。
この世界に静以上の、どんな大切な物があるっていうの?」
大人のように聡明なことを言うかと思えば、無茶苦茶な悪童のような発言をして、さらには幼子のような無垢な心を持つ。
なんともつかみ辛い子どもだ。
そんな宇の話に、娘は口を挟まずに黙していた。
「お前さん、この主で本当にいいのか?」
その娘に飛は尋ねる。
大公に同行するくらいであるから、きっと位の高い家の娘なのだろう。
「……もう他に、他にいないのです。
苑州の行く末を託すに足るお方が」
唇を噛み締めて苦悩の表情を浮かべる娘に、飛は己を重ね合わされてしまって同情してしまうのであった。




