296話 楽しそうな子ども
似顔絵である何家の娘とやらに似ているということは、その娘の双子の片割れであるということになる。
さらには宇というのは、何家の娘の弟の名と同じであり、これでますます子どもの正体に真実味が出て来た。
すなわち、現何大公ということだ。
その何大公を、飛と大偉はこれから攫いに行こうとしていたのだ。
その攫うべき相手が、なんとこんな鄙びた里の中にいるとは。
この事実に、大偉が口先を尖らせる。
「おい、州城へ乗り込む楽しみが減ったぞ、どうしてくれるのだ」
「私は乗り込まずに済むと、安堵していますがねぇ」
到底同感し得ないこの皇子の楽しみに、飛は「やれやれ」とため息を吐く。
しかしながら、この大偉よりも妙な輩というのが、この場にいようとは思わなかった。
「ははは!
ほら見てよ、そろそろ誰かが来ると思っていたんだ!」
なんと娘を押しのけて前に出た宇が、「予定通りだ」と言わんばかりの態度で、手を叩いて喜んだのだ。
「宇様、どうかお下がりくださいませ! 危のうございます!」
娘が己の背後に隠そうとするのに、しかし宇は娘の手を避けてから、キラキラした目で大偉を見てきた。
「ねえねえ、青い目は本当に皇族?
もしかして都から来た人?」
興味津々といった様子の宇に、娘が懸命に警告を与える。
「都から皇族が来るなんて、なにかしらの裏があるに決まっております!
都の連中は青州の肩を持つ者たちです!」
娘がとうとう宇の前に立ちはだかるようにして、そう大偉たちに噛みつくように叫ぶが、しかし宇は不満そうに頬を膨らませた。
「肩を持っても持たなくても、どっちでもいいよ。
こうやって誰かが来たじゃないさ。
僕の言いたいことが伝わったの?」
宇の「言いたいこと」とやらは、恐らくは繋ぎの文に似顔絵と共に書かれてあった、大公印についてのことであろう。
それでは都入りする姉に大公印を持たせたのは、この宇の意思であったというのか?
「大公印って、あんなデカくて古くて重たいだけの物だったけど、ちゃあんと効果があったんだね!」
さらにそう述べてから最後にはニコリと笑った宇に、しかし娘は顔色を青くする。
「宇様、大公印についてのその言い様は、お与えになった皇帝陛下に対する不敬にあたります、お言葉を控えなければなりませぬ」
どうやら都住まいの皇族にはいい感情を持っていない娘であるが、皇帝はそれとは別らしい。
けれどこの意見にも、宇は不満を口にした。
「えぇ~?
あの印が古くて重たいっていう本当のことじゃないか。
皇帝は関係なくない?」
「皇帝陛下です、宇様」
宇の言い様をすぐさま娘が訂正するものの、なんとも思ったことを素直に口にする子どもである。
「ねえねえ、じゃあさ、とうとうココをプチっと潰してくれる気になってくれた?」
その上、大偉にこのように尋ねた宇は、とても愉快そうに、まるで面白い玩具を見つけたかのように見えるのだ。
この見た目と言っている内容の落差に、飛はまた背筋がゾクリとする。
――この子ども、ひょっとしてウチの皇子よりも厄介なのではないか?
このように恐れを感じる飛であるが、大偉の方は「ほう」と感心の声を上げた。
「なんだ、お主はここを潰してほしいのか?」
「うん!」
大偉が尋ねると、宇が無邪気に頷く。
「ここの連中はね、僕の大事な静をいじめたんだ。
静をいじめる奴らなんて、みぃんないなくなればいいんだもの」
言っていることは、幼い子どもらしいものなのだけれども、この宇の言う「みぃんな」というのは、果たしてどこからどこまでを指しているのか?
というより、己の発言の意味をわかっているのか? なんとなく、わかって言っているように飛には思えた。