293話 妙な子ども
――いや、俺たちの方がずうっと怪しいか。
大偉と飛の怪しさに比べれば、この娘と子どもは「現実にあり得るかもしれない」怪しさの範疇だろう。
そう飛は密かに苦笑する。
ともかく、この情報を一旦持ち帰って報告しようと、飛が腰を上げた、その時。
「ねえ、そこにいる人」
部屋の中で子どもがそう言うと、なんとくるりと飛がいる方の隙間を向いたではないか。
――なに!?
飛は「もしや勘付かれたのか?」とぎょっとするが、すぐに逃げるようなことはしない。
ここで慌てて動けば、怪しいことをしていたと暴露するようなものだ。
自分はたまたま里の空き家だらけの一角へふらりと足を向け、疲れて休憩していただけである。
それに、子どもはあてずっぼうに言ってみただけかもしれない。
飛はそう仄かな期待を抱きつつ、そのままじっと観察を続ける。
「そこの人、あなたも干し芋って美味しいと思うよね?」
しかし子どもはまた、隙間のある壁の向こうにいる飛へ、呼びかけるように話すのだ。
――やはり、こちらに気付いている。
飛は背中をぞくりとさせた。
今でこそ大偉の世話係のようなことをしている飛だが、元は影仕事が専門である。
その己の気配を、まさか子どもが察知するだなんて思いもしない。
もちろん、油断していたつもりもなかった。
それにしても、この子どもはどのような意図で飛に話しかけてきたのか? これを知らないことには、飛はここを動くことはできない。
すなわち、この子どもは大偉の敵になるのか、味方になるのか、どちらかということだ。
このように、微かなことでも見逃すまいと、飛が意識を研ぎ澄ませている一方。
ボロ家の中では、娘が青い顔をしていた。
「……! 申し訳ございませぬ!」
額を床にこすりつけて子どもに謝る娘は、自分が飛につけられたのだと気付いたのだろう。
しかしそんな娘に、子どもが「ははは!」と笑う。
「いいって、いいって。
あなたに追っ手を撒くなんて器用なことができるなんて、最初から期待していなかったし」
子どもは慰めるような口調で娘を貶すという器用な話し方をすると、再び飛へと話しかけてくる。
「ごめんね、この人怪しかったよね?
もっと上手く変装しろって言っているんだけど、矜持? 誇り? なんかそういうのが邪魔しているみたいで、半端なんだよねぇ」
子どもは面白い冗談を言うような調子であるものの、その声に含まれる毒は飛の耳を刺激する。
――この子ども、見た目通りではない。
飛がこれほどに背中がぞくりとしたのは、大偉との出会い以来かもしれない。
そう飛が感じた、その瞬間。
ふと空の薄曇りに切れ間が入り、日差しがボロ家の隙間から降り注ぐ。
その隙間明かりによって、子どもの姿がより露わに見えた。
その子どもの顔というものは――
――まさか!
驚きの声を上げずに済んだのは、全く日頃の訓練の賜物であろう。
しかし、悲鳴を喉元で堪えたくらいに、この時飛は驚いていた。
何故ならば、その子どもの顔に見覚えがあった。
いや、より詳細に言うならば、よく似た似顔絵を見た覚えがあった、と言うべきか。
これは、何にも勝る報告事項であろう。
そう考えた飛は、その名のように飛ぶようにして、その場から駆け去っていく。
「あれ、行っちゃうの~?」
背後のボロ家からは、子どものそんなのん気な声が響いていた。