291話 客の娘
その新たな客は、先程から見ないと思っていた若者――娘である。
年の頃は大偉よりもいくらか上であろうか? 着ているものは大きくてゆるいのを、無理やり縛り付けて着ていると言った様子だ。
肌は多少日焼けしているが、畑仕事や山仕事を生業とするほどには焼けていない。
――里の者ではないな。
そのように観察している飛に、大偉が一瞬こちらに視線を向けてから、娘に話しかける。
「いらっしゃい、なんでも手に取っておくれよ!」
敷布の上の商品を眺めていた娘は、蜂蜜の入った壺を一つ手に取った。
「そうね、この蜂蜜をくれない?」
「お買い上げどうも! 払いはどうなさるんで?」
大偉が確認すると、娘は己の懐を探る。
「……この布と、交換できないものかしら?」
「おや、これはまた」
娘がそう言って手に持ったものを差し出したものに、大偉はかすかに眉を上げた。
それは、滅多に見ない程に上等な布であった。
どのくらい上等かというと、まるで大偉が宮城へ上がるための服のように、布地に厚みがあって刺繍が美しいものだ。
しかも端切れにしてあり、元がどのようなものかをわからなくなっている。
――出所を誤魔化したいのか?
そう飛は考えるが、恐らくは大偉も同じ考えに至ったのだろう。
「十分、十分! むしろこちらがお代を払うことになりますねぇ。
いや、そんなに金があったか?」
しかし、大偉はまるでその価値があまりわかっていないかのような呆けた調子で話し、困ったように荷物を探り出す。
しかしこれに、娘が首を横に振る。
「いいえ、お金よりも食べ物がいいの。
なにかいいものがあるかしら?」
「食料ね、それならいくらか余分にもっておりますとも」
娘の要望に、大偉が食料品を入れている荷物から干し芋やら麦袋やら色々と出して見せる。
娘はどうしよかと迷った末に、干し芋などのそのまま食べることが可能なものをいくらか選び、飛へ渡した豪華な端切れと引き換えに受け取った。
「この布のお代であれば、まだまだ選べますけれども」
「いいわ、これだけで」
大偉がもっと持っていくように促すが、娘はこれを断って買い物を終えてしまう。
食料を両手に抱えて去っていく娘の後姿を見送っていると、娘の買い物を眺めていた里人たちが口々に話し出す。
「ありゃあどこからか流れて来た、子連れの若い母親でなぁ」
「旦那は兵士で死んじまってよぅ、若いのに子どもと二人になっちまって」
「暮らせる場所を探してやってきたんだとさ」
大偉が尋ねた訳でもないのに喋ってくるのは、皆誰かに話したかったからだろう。
つまり里にとって、あの娘は話の種にしたくなるような珍客というわけだ。
「それは苦労をしていそうだ」
大偉は同情の表情で頷いてみせている。
――あれは、そのような女とは違うな。
しかし飛は、あの娘をそのように評した。
目の前で見た娘の手は多少荒れてはいたが、他の里人に比べれば綺麗なものだった。
あれはつい最近まで、いい暮らしをしていた者の手だ。
それにうっすらとだが爪紅の残りかすが爪の端あたりに残っていて、少なくとも兵士を夫に持つ女が爪紅なんてものはしない。
そしてなにより、母というにはそうした「におい」がしない。
人がどのような暮らしをしているか、飛は見抜く勘には自信があった。
そして、飛が違和感を抱いたことに、大偉は気付いたらしい。
大偉自身はさほどこうした方面の勘が良いわけではないが、部下の勘は十分に当てにするのだ。
大偉が荷物を整理する振りをしてしゃがんだその一瞬、すうっ、と目を鋭くする。
「飛、アレを探れ」
「はいよ」
主に命じられ、飛はちょっと洗手間を済ませるように装いながら、静かな足取りで娘の去った方へと向かうのだった。