289話 畑仕事は奥深い
このように薬を嫌う静に、陳が笑いかける。
「はっは、薬を飲みたくないなら、薬を飲まずに済むように生活をすることだな。
よく食し、よく動き、よく寝る、これが健康の基本だ。
特に食は大事でな、蓬のような薬になる食材もいいが、他にも色々なものをよく食せば、病気知らず、薬入らずで過ごせるというものだ。
この雨妹みたいにな」
「元気でいないと、野次馬だってできませんしね!」
そう話す陳に示され、雨妹は「えっへん!」と胸を張る。
いや、野次馬はあまり褒められたことではないかもしれないが、野次馬こそが生きがいなのだから仕方ない。
「蓬なんてさ、美味しくて健康にいいなんて、最高じゃない?
今度、蓬のお饅頭を作ろうね!」
「うん!」
雨妹がそう話すと、先日饅頭作り体験をしたばかりの静は大きく頷いた。
このように解説を交えながらの雑草取りなので、あまり作業は速やかに進むとはいえない。
その上、この雑草というのがまたややこしいもので、雑草扱いだけれど薬効があったりする。
「なんか、案外草って食べられるんだな」
今引っこ抜いた雑草も食べられると言われ、静は不思議そうにするばかりだ。
今静が手にしているのは「ハコベ」で、前世でも春の七草として食されていたものだ。
「食べられるんなら、こっちに植えてある蓬とはなにが違うの?」
首を捻って疑問を口にする静に、陳が答えるには。
「そりゃあ、『たくさん欲しいかどうか』だなぁ」
「まあ、ハコベなら、欲しい時にはそこいらで摘めますものね」
陳の言葉に、雨妹もそう付け加えた。
「こうした雑草類だってそれなりに使うから、全部を綺麗さっぱり抜いてしまう必要はない。
けれどある程度間引いておかないと、畑の作物の生命力が雑草の生命力に負けてしまうのさ」
「へぇ~」
陳の解説に、静はわかるようなわからないような顔ながら、とりあえず頷いている。
――けど、私だって辺境の里で畑の世話を、あまりそこまで考えていなかったなぁ。
雨妹とて畑仕事に関しては、実は静と似たり寄ったりなのだ。
単に土が痩せていたので無駄な雑草がはびこらなかったので、そうした気を遣わずにいただけである。
雑草問題とは、肥沃な土地にある畑だからこその悩みかもしれない。
けれど、そんな辺境にだって、山に入れば食べられる野草はそれなりにあった。
静の暮らした里のあたりには、なかったのだろうか?
「静静の里では、そういう食べられる草を探さなかった?」
適度にブチブチと雑草を取り除きながら、雨妹は静に聞いてみた。
「うん、緑があんまりない所だし」
このように答える静が言うには、暮らしていた辺りは山に囲まれている土地で、その山というのも大半が岩なのだそうだ。
――苑州が耕作に向かない岩山ばかりだって、立彬様も言っていたっけ。
雨妹の育った辺境とて、砂漠が近いためにあまり肥沃な土地ではなかったが、それでも様々なものを食すための先人の知恵がそれなりにあったし、砂漠には放牧の民が暮らしていて、その恵みのお裾分けもあった。
それに砂漠と言っても、サラサラした砂ばかりに覆われた砂漠ではなく、どちらかといえば灌木が所々にある荒野と言った方がいいかもしれない。
それと比べると、苑州の山とは雨妹の想像よりも「岩!」という感じなのかもしれない。
確かに、岩で育つ植物とは苔くらいしか、雨妹も思いつかない。
岩と岩の隙間にあるかろうじて耕作できそうな土地で、細々と作物を育てているのだろうか? それはなんとも苦労が多そうだ。
そうであるならば、静は植物に対してほぼ無知であるということで、余計に植物の勉強が必要だ。
「これも食べられる?」
「あ、静静それは毒があるから、口に入れないでね」
けれどひとまずは、食べられない草を覚えることが必須かもしれない。