287話 沐浴しよう
雨妹は本日、沐浴のための休日だ。
これまでならば沐浴は楽しみな時間だったのだけれど、最近は格闘の時間だったりする。
「もういいってば!」
「だぁめ、まだだってば!」
雨妹は沐浴から逃げ出そうとする静を半ば拘束するようにしてお湯をかけ、洗髪をしているところだ。
静も一緒に沐浴日にしてもらったのだが、この静が沐浴に慣れていない。
というより、猛烈に嫌がるのだ。
どうやら静は里で暮らしていた頃、近くの川の水で適当に洗うだけであったらしく、身体の隅まで身綺麗にするという意識に欠けている。
なので静は後宮での沐浴を「面倒な作業」だと考えているところがあった。
雨妹とて辺境では似たような生活だったので、その暮らしぶりもわかるのだが、後宮でそれではいけない。
「綺麗にしておくのも、宮女のお仕事なんだよ!?」
「だって、くすぐったいってば」
「だぁめ、ちゃんと綺麗にしないと!」
すぐに終わらせようとする静を、雨妹はぴしゃりと叱りつける。
静の場合、髪がまだ短いため洗髪の手間はかからないが、短いからこそ今の内からちゃんと手入れをすれば、美しい長い髪を手に入れられるのだ。
――美しい髪は一日にしてならず、だからね!
洗髪を終えたら、身体もまるっと洗い上げてやると、ようやく沐浴終了だ。
「疲れた……」
静がぐったりと床に手を突くが、まあ洗われながらじたばたと動けば、疲れるのも道理だろう。
「大人しく洗われていたら、もっと楽なんだけどねぇ」
雨妹はそんな静を横目に苦笑しつつ、自分の洗髪をする。
沐浴を嫌がる静に付き合う雨妹とて大変なのだが、そこは前世看護師の経験で、介助のコツというものをよく分かっているため、静ほどには疲れないでいるのだ。
それに新居には沐浴できる場所まではまだないので、宿舎住まいの際使っていた沐浴場に通うのだが、広い沐浴場でむしろ良かったと思う。
これで沐浴場が狭かったら、きっともっと大変だったことだろう。
――それにしても、だんだん肉がついてきたなぁ。
最初に沐浴で静の身体を見た時には、見るのも哀れなくらいに骨が浮き、ガリガリに痩せ細っていた。
けれど最近徐々に肉がついてきて、「病的に痩せている」状態から「かなり痩せている」くらいにまでに回復している。
やはり子どもはふっくらしていて欲しいものだと、雨妹はしみじみと思う。
こうして雨妹たちは沐浴での格闘を終えると、家に戻って静の怪我の具合を見る。
「足の怪我も、だいぶよくなったね」
薬を塗ってやりながら、静にそう告げた。
足の肉刺が潰れた挙句の放置で悲惨なことになっていた個所も、陳に処方された薬でずいぶん綺麗になってきていた。
「うん、薬がなくても、もうあまり痛くない」
静も自分の足を覗き込むようにしながら、そう話す。
これもやはり、最近食事量が増えたことが理由だろうか?
身体を癒す最高の薬は、休息と食事である。
それに体力がついてきたらしく、掃除をしていてくたびれ果てて脱落するまでの時間が、徐々に長くなってきていた。
――これなら、多少体力を使う仕事でもできるかな?
静の調子を見てそう判断した雨妹は今度、楊に相談することにした。
とりあえず今は、静の髪をちゃんと乾かすことに専念する必要があるけれども。
「こら静静、ちゃんと拭きなって!」
「えぇ、放っておけば乾くよぅ」
まだ濡れたままの髪を放置する静を雨妹が叱りつけると、そんな反論が返ってくる。
「だぁめ! 丁寧に手入れしないと、髪がパサパサになるでしょうが!」
雨妹は静を捕まえると、布を何枚か使って水分を拭い、髪が痛んでいるあたりには手入れ用の油をつけてやった。
髪が自慢である雨妹なので、髪の手入れにはうるさいのだ。