286話 初、自作饅頭
「あとはこれを蒸すのさ」
「お湯は沸かしていますよ!」
美娜が板の上に並べた生地を、雨妹は準備していた蒸し器に入れていく。
そして、待つことしばし。
蒸し器から美味しそうな香りが漂ってくるようになり、雨妹のお腹を刺激する。
「くぅ~、待ち遠しい!」
「この待つ時間が、大事だよ。
美味しそうな香りに負けて、早く開けてしまわないことさ」
美娜がソワソワしている雨妹を指さしながら、笑って静に教えている。
「わかった。
けど、お腹が空く匂いだね」
「これは上手くいっているっていう証拠さ」
お腹をさすりながらそんな風に言う静に、美娜がそう話した。
この香りが頂点に達したところで、美娜が蒸し器を火から下ろす。
そして蓋を開けた蒸し器の中には、フワフワの饅頭が並んでいた。
「饅頭だ!」
出来上がりを見た静が当たり前のことを述べるが、本当に自分の手で饅頭が作れるのか、半信半疑だったのだろう。
手に持てるくらいに冷ましたところで、早速饅頭の試食だ。
一番最初に、静が饅頭にかぶりつく。
「ん、美味しい!」
最近「美味しい」を言い慣れてきた静が、ぱあっと笑顔になった。
「うんうん、美味しいよ静静」
「台所番になるかい?」
雨妹と美娜もそれぞれに食べて感想を述べると、静はまんざらでもない顔である。
二口目も食べた静が、「すごいなぁ」と呟く。
「自分でこんな風なものを作れるなんて、知らなかったよ。
ちょっと手間だけど、麦煮よりもずっといい!」
なるほど、静にとって麦を食べるといえば麦煮であったらしい。
麦煮だって栄養があるのだろうが、雨妹としては饅頭の方が好みだ。
つまり、喜んで食べたいものではない食事というわけである。
そして饅頭が大好きな身としては、すかさず饅頭の良い所を教え込むしかない。
「あらかじめ作っておけば、食べたい時に食べられるでしょう?
それにもし時間が経って固くなっちゃったら、揚げ饅頭にするっていう幸せな第二段のお楽しみもあるんだから!」
「おぉ~!」
雨妹の力説に感心して拍手する静を、美娜がニコニコと見守っている。
「料理ができると毎日が美味しく過ごせるし、なにより楽しいだろう?」
「うん!」
美娜の教えに、静も素直に頷く。
ともあれ、饅頭教室は大成功と言えるだろう。
「頑張った静静には、饅頭にかける私秘蔵の蜂蜜を進呈いたしましょう!」
「わぁい!」
こうして、にぎやかな饅頭の会となった。
饅頭会を開いた後、ある日の食堂での夕食時のこと。
「みんなと同じ量でいい」
「へぇ」
食事を頼む際に静がそう告げたことに、雨妹はちょっと驚く。
いつも必ず「少なめに」と台所番にお願いしている静なのに。
「今日はそれを食べるの?」
「……うん」
思わず確認する雨妹に、静は決意の籠った目で頷く。
静は陳が処方してくれた薬のおかげで胃の調子が上がってきたから、食べられる量だろうけれども、それでもこれまでは食事に対して苦手感が強かった。
――もしかして、美娜さんの饅頭教室の効果かな?
確かにあれ以来、静は食欲が増したというか、嫌々食べなくなったように思う。
静にとって食とは、里にいた頃は「生きるための作業」で、都に出てからは「これまで見たことのない不思議なもの」だっただろう。
しかし今回「自分で作れるかもしれないもの」になり、食に興味が出てきたのかもしれない。
――うんうん、いいことだよね!
静の年頃だと、これからちゃんと栄養のある食事をすれば、まだ身体の成長に間に合うだろう。