280話 趣味
――静静になにかあったら、責任を取ることになるのは楊おばさんだもんね。
きっと万が一の際にも楊のことを酷いことにならないように、上の方で取り計らってくれるだろうが、それでも危険を背負い込んでいることには違いない。
これは雨妹が先導してのことではないし、むしろ自身とて巻き込まれた形であるのだけれど、余計な危険を持ち込んだと申し訳なく思う気持ちはある。
このように雨妹がしょんぼりしていると。
「そんな顔をしなくていいよ」
楊がそんな雨妹の肩をポンと軽く叩いてから、静に語りかけた。
「例えば、この小妹は小物を作るのが好き。
そしてあっちにいる台所番の美娜は、新しい料理を考えるのが好き。
そういう趣味、好きな行為がお前さんにはあるのかって、小妹はそう尋ねているんだよ」
「そう、そうなんです!」
さすがの楊が的確に説明してくれたので、雨妹は何度も頷く。
「う~ん……」
けれど、なおも静は怪訝そうにしている。
それはすなわち、今までこのように考えたことも、誰かに尋ねられたこともなかったということなのかもしれない。
静が暮らしていた里が、それだけ生きることに必死にならないといけない環境だったということなのだろうけれども。
――息抜きの娯楽くらい、考えてやってもいいでしょうが!
雨妹の場合は、教育だってそれなりに尼たちによって厳しくなされたが、気晴らしの遊びに石蹴り遊びに付き合ってくれて、尼たちは子ども相手に本気を見せて結果大負けさせるという、大人げないことをしてくれたものだ。
それがもう悔しくて、幼い雨妹が石蹴りの練習に熱くなったのはいい思い出だ。
それはともかくとして。
静の場合、そうした余裕を里の大人の方こそ持っていなかったのだろう。
雨妹としては、そんな里での暮らしぶりを不憫に思いはするけれど、済んでしまった静の過去を憐れんでも仕方ないことだ。
――大事なのは、静静が今これからどうやって、楽しく愉快に人生を乗り越えて行くか、っていうことだもんね!
それに、今ここから静はなんだって始めることができるのだから。
「静静、趣味っていうのは自分が楽しむための行為なんだよ。
やっていると、時間も忘れて熱中しちゃうの」
「楽しむ……」
雨妹にもこう言われ、静はしばし考え込んでから、「そうだ」と呟く。
「昔、宇と一緒になってやっていたことなら、ある。
時間があっという間に過ぎて、外が暗くなって慌てたっけね」
そう話しながら、静が「ふふっ」と笑う。
――静静、笑った!
これに、雨妹は目を見張る。
静はこれまで使命感に駆り立てられているかのように、難しい顔ばかりをしていたのだけれど、今の表情は優しく、柔らかいものだった。
やはり双子の弟というものは、静の心を揺さぶる特別な存在だということだろう。
とにかく、静にもちゃんと息抜きの趣味があったのだ。
「それだよ、それ!
なにかの役に立つかって言われると、立たないかもしれないんだけどさ。
やっているとなんか楽しい、そういうことだよ!」
雨妹が身を乗り出すようにして告げるのに、静は「そっかぁ」と頷く。
「宇が勝手にやり出したことで、老師からは『石なんて集めて邪魔だ』って言われたりしたけど、そうだ、宇も私もアレが好きだ。
簡単なのに、難しいんだから」
どうやら石を使って行うことらしいので、それならばどこでだって出来るだろう。
「へぇ、興味あるから、後でやってみようよ。
静静、教えてくれる?」
「うん、いいよ」
というわけで、雨妹たちはまだ日暮れの日差しが残る中で外の石を拾って、静がやっていたという遊びをしてみることにした。




