278話 夕食は美味しく
立彬に話を聞いてもらえた雨妹は、この日の夕食時には心が軽くなった思いだ。
雨妹は今までだって、別段重く悩んでいたわけではない。
けれどやはり、心のどこかで気構えていたのだろう。
その気構えが解けて、「別に難しく考えることはないんだ」と割り切ることができるようになった。
――っていうか、内緒事だったら看護師をしていた時にもあったじゃないの。
患者の個人情報を外で話さないことや、病名を家族もしくは本人に告げるかどうかなど、そうした「秘匿事項」には、己はある意味慣れているではないか。
少々周りの雰囲気に流されて、真剣に考えすぎていたのかもしれない。
おかげで今、夕食に「美味しいものを食べるぞ!」という気分で挑めるので、立彬には感謝である。
心の底から美味しく食べないと、食事に失礼だろう。
「美娜さぁん、大盛りで!」
心が軽くなった雨妹は、ついでに食欲も増したので、夕食を多めに注文してしまった。
「はいよ阿妹、たぁんと食べて疲れをとりなよ!」
美娜からそう言って渡されたのは大盛のご飯と、今日の主菜の水餃、水餃子である。
茹でたての水餃はお腹から温まるので、寒い時にはより美味しいものである。
「阿妹、なんだか機嫌がよさそうじゃないか」
「そうですか? そうかも」
そして美娜に指摘されるくらいなので、今の雨妹の心の軽さが表情に出ているらしい。
「それで、アンタも大盛りかい?」
「いや、むしろ小盛りで」
次いで美娜から尋ねられた静が、雨妹の後ろで即答している。
こうして雨妹たちは食事を持って隅の方の卓へ着くと、向かい合って座った。
すると静は目の前の料理を観察する体勢である。
「静静、水餃を食べたことある?」
「これ、水餃っていうの? 食べたことない」
雨妹が尋ねるのに、静はふるふると首を横に振った。
「そうかもしれない」と雨妹としては思っていたが、やはりである。
もしかして苑州の人は生で食べるか焼くか茹でるかという、良く言えば「素材を楽しむ」調理法しかしていないのではないか? という懸念すら持っていた。
ともあれ、ここですかさず雨妹は訴える作戦である。
「さぁさ、まずは食べてみてよ。
温かくて美味しいんだから!」
「そうなんだ」
雨妹の言葉に、静はしばらく水餃子をしげしげと見てから、茹でたてあつあつの水餃を箸でつまむ。
これをふぅふぅと息を吹きかけて冷ましてから、口へ入れたところ。
「んっ、プルプルしている……っていうか熱い!」
冷まし方が足りなかったのか、後からきたらしい熱さをハフハフして冷ましている静に、雨妹は「ふふっ」と笑う。
「熱々が美味しいんだけど、口の中を火傷しないように気を付けてね」
「それ、先に言って……」
雨妹の忠告に、静がしかめっ面をしているけれど、これは一度経験しないと熱さ具合がわからないだろう。
続いて雨妹も水餃をフゥフゥとしてから頬張る。
水餃の中からしみだす餡の汁は、なんとも幸せな味がする。
「うん、美味しい~♪
まだまだ気候も冷えるから、こういうのがいいよねぇ」
「確かに、寒いと温かい食べ物は嬉しい……美味しい」
静が「美味しい」と言い直したのが、まるで覚えたての言葉を使いたがる子どものようで、なんだかほっこりした気分になる。
「この水餃はね、余ったら明日の朝食で炸餃子っていって、揚げられて出てくるんだよ。
それだって美味しいんだから!」
「へぇ、同じ食べ物でも違う食べ方があるのか」
雨妹がそう教えてやると、静が目を丸くして驚く。
餃子はどのようにも変化自在な万能おかずだし、なんなら今度一緒に作ってみるのもいいだろう。
こうして、雨妹と静が美味しく水餃を食べていると。
「小妹」
「はい?」
楊に声をかけられ、雨妹は卓から顔を上げた。




