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271話 美味しいは大事です

 雨妹はとりあえず、ダジャの教えの軌道修正を試みた。


「うん、生きるためにはなんでも食べないとね、それは正しいよ。

 本当になにも食べるものがない時は、木の根っこでもそこいらの草でも、なんでも食べて生き残るっていう気持ちは大事!

 けどね、食べるのにそんなに困っていない時にもそういう感じでやっていたらさ、食べるっていうことが楽しいことじゃあなくなっちゃうよ?」


ダジャの言ったことをばっさり否定してしまうと、静が「嘘を言われた!」と人間不信に陥ってしまうかもしれない。

 なので彼の意見を肯定しつつも、その先について語る。


「……?」


すると静は、不思議そうな顔をするばかりだ。

 でも雨妹はそれがどうしてなのかも、なんとなくわかる。

 それは辺境の里でも、似たような反応をされた経験があるからだ。


 ――たぶん静静は、「美味しい」っていうことがどういうことか、わからないんだ。


 貧しい里に生まれ育ち、食事とはすなわちギリギリ命を繋げられる程度の粗食である生活が当たり前だと、食べることは「ただ腹が満ちればいい作業」になってしまう。

 食事とは「まあ食べられるもの」と「食べたくもないもの」に分けられ、そこでより美味しい食事を食べたいという工夫は、そもそも「この食事は不味い」という認識がないとできないのだ。

 すなわち他の食事を食べたことのある者しか、やりようがないのである。

 そして静は都に入るまで、食事とは最低限の粗食しか知らず、だからダジャの教えは特別過酷なことではなく、静のこれまでの生活を肯定したものというだけの認識なのだろう。


 ――「美味しい」を教えるって、なかなか難しいんじゃないの?


 雨妹はここにきて、意外な難問に突き当たってしまった。


「あ、でもさ」


するとそこで、思い出したように静が声を上げる。


「ここの食事ってさ、量はすっごい多かったけど、食べやすいんだね。

 飲み込むのに『うえっ』ってならないし、後で水をがぶ飲みしたくなることもない」


カラッとした表情で告げる静に、雨妹は目に涙がにじみそうになった。


 ――今までどんなものを食べていたの、静静!


 ダジャとの食事は旅をしていたので、保存食であっただろうことを加味するとしても、老師とやらは里では一体どんなものを食べさせていたのか?

 そもそも静の暮らす里では、少しでも食べやすくしようという工夫はしないのか?

 辺境の里でだって、さすがに少しでも食べやすいものを作るというくらいの工夫をしていたというのに。

 雨妹は真剣に、苑州の人びとの暮らしぶりが心配になってきた。

 静のいた里が特別無頓着だったのか?

 はたまた苑州全体で食生活とはそういうものなのか?


 ――気になる、すごく気になる!


 しかし今はとりあえず、静が「美味しい」へのとっかかりを掴んでいたことが大事である。


「静静、その食べやすいとか、嫌な味がしないっていうのを、『美味しい』っていうんだよ?

 私はね、食べるものならせっかくだから、『美味しい』状態に工夫して食べたいなって思うの。

 だってその方が、食事が楽しいでしょう?」


雨妹が苦悩を隠して静にそう話すと、静は「そっかぁ」と声を漏らす。


「私もその『美味しい』っていう食べ物なら、食べるのが嫌じゃあないよ」


これはすなわち、これまでは食事が嫌な作業だったということで、道理で静が痩せているわけである。

 雨妹はさらに言う。


「食べ物を『美味しい』っていうように変えるのって、案外ちょっとした工夫だったりするの。

 そのちょっとした工夫を静静が知っていたら、いつだって食べ物を『美味しい』に変えられるようになるってこと」

「へぇ、そりゃあすごいや」


ここにきてやっと、静から食事についての前向きな発言が出て来たことで、雨妹は「よし!」と一人頷く。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ?静静は朝ごはんの麺を「うん、美味しい」ってズルズル食べてなかった? あれは雨妹のセリフだったって事?
[一言] あぁ、もう、なんだろう。静静。 本人に全く自覚がないっていうあたり。 不憫、という言葉しか・・・ずびび。 鼻水啜りながら応援するよ。
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