268話 静の実力とは
静に今なにが出来てなにが出来ないのか、これを確認しないと始まらない。
とはいえ、なにを教えることが生活力になるのかも、考えるところだ。
――う~ん、私が尼寺で教えてもらったことを、参考にすればいいのかなぁ?
今にして思えば、雨妹がもしあの辺境で暮らし続けたのであれば、文字の読み書きを学んだところで、人生の役なんて立たなかっただろうに。
それなのに尼たちが読み書きやその他の教養を雨妹に与えてくれたのは、きっと尼たちが雨妹を公主だと知っていたからだ。
いつか身分を明らかにできる時が来るのに備えて、教養を身につけさせようという思いが、尼たちにはあったのだろう。
そして命さえあればいつか身分が回復できる時が来るだろうと考え、生き抜く力を与えてくれたのだ。
それで言えば、静だって大公家の娘なのだから、あの時尼が考えた雨妹の身の上と、たいして変わらないだろう。
――それなら、私にできて静静に出来ないことを挙げていけばいいのかな?
そう考えた雨妹は、汁麺を食べ終えてお腹いっぱいだという顔の静に尋ねた。
「ねえ静静、読み書きはできる?」
「そんなものできないけど、それがどうかした?」
不思議そうに即答した静に、雨妹は「そっかぁ」と一人頷く。
これはまあ、想像通りである。
静は隠れ里という辺鄙な場所で育ったというし、そこだと読み書きなんてほとんどの住人ができないだろう。
加えて大公家の娘という身分であることを考えるとしても、身分ある家の娘とて、読み書きは家の教育方針によって教えたり教えなかったりとまちまちだ。
事実、百花宮に入る娘たちで、読み書きが最初からできる人数はそう多くないのだと、楊から聞いたことがある。
――もしかすると、宇さんの方は読み書きを教えられているのかもしれないけど。
静たちを育てた老師とやらが、双子たちを将来表舞台に出してやりたいと考えていたのであれば、教育を施すのは宇の方だろう。
この国では立身出世は男性優位なのだから、男児の教育を優先するのは仕方がないことだ。
逆に妙に賢い娘は悪目立ちすることとなりかねず、隠れ住んでいる身ではそうしたことからも、静に教育を施されなかったのかもしれない。
ちなみに辺境の村で妙に賢い娘に育った雨妹だが、悪目立ちが出来そうにないくらいにド田舎だったので、そうした問題は全く起きなかったりする。
「じゃあさ、ご飯は作れる?」
雨妹が次の質問をすると、静はこれまた即答した。
「麦と草を煮るくらいなら」
果たして、それは料理をしたと言えるだろうか?
「とりあえず腹を満たせた」というのと、「活力の出る美味しい料理を作った」は、全く同意ではない。
――けど、そんなものだよねぇ。
食糧事情があまり良くない里では、食事とは「腹に入れられるもの」でしかない。
それは辺境の里でもそうだったので、よくわかる。
むしろ辺境で妙に料理したがる雨妹が変な子どもであったのだ。
ともあれ、今の静の現状だと、読み書きと料理は必須だろう。
特に食べられる食材のことを知っておかないと、いざという時に食料探しができずに飢え死にしてしまうのだから。
それに自国の食文化を学ぶのも、教養の一つである。
――よし、まずは楊おばさんに相談だ!
ここ百花宮はとても広く、畑もあれば野草が採れる野山も敷地にある。
畑や野山の方にできるだけ派遣してもらえるように、掛け合ってみることにしよう。
あとは、なにか読み書きにちょうどいい教材があれば、手間が省けるのだけれど。
そのあたりも聞いてみることにしよう。




