266話 困った男
しかし一方で、大偉皇子が困った性格であることは間違いない。
「それに私だって、陛下に望みを問われ、なにを置いてもまずは『あのいつかの宮女の髪が欲しい』と願ったのだが、死ぬ思いをしたので、仕方なく次の願いで我慢をしたのだぞ?」
このお人はどうやらまた、要らぬことを陛下に言ってしまったようだ。
「若も懲りませぬなぁ」
よせばいいのに、本題を語る前に欲望を素直に喋ってしまった大偉皇子には、連れも呆れるしかない。
それで以前にその件で一度皇帝より半殺しの目に遭っているというのに、それをまだ口にできるとはこの皇子、実はなかなかの大物なのだろうか?
「けど若、本当に頼みますよ?
昨日受け取った鷹文によると、どうやら我らの仕事が増えたんですから」
連れが大偉皇子にそう釘を刺す。
そう、昨日皇帝の影が扱う鷹によって文が運ばれ、それによると苑州の内情が少しは知れたというのだ。
もう燃やしてしまったその文の内容を思い出すと、連れの男はため息を吐く。
「なんとも、今の何大公が子どもだという話は、本当だったんですなぁ」
そう、何大公が代わり、「今代の大公は子どもであるそうだ」という噂は聞こえてきたが、事実は知らされぬままであった。
というのも、新大公は皇帝に拝謁をせず、州城に引きこもっているからだ。
なので情報だけが流れ、皇帝すらも大公当人の顔を知らずにいたはずだ。
それが、事実を知る者の話で確証が得られたというのである。
「ふん、子どもの大公とは、操り人形として遊ぶにはうってつけというわけだな」
大偉皇子はそう述べると、口の端を歪めている。
皇后唯一の皇子という肩書きを持つ大偉皇子は、この「子ども大公」という響きがお気に召さないようだ。
きっと己の身を写しているように見えるのだろう、と連れの男は思う。
「厄介な仕事が増えましたなぁ」
暗い顔をする連れに、「なにを言っているのか」と大偉皇子は笑う。
「その生贄のお人形が、もし生きているのならば連れ帰ればいいだけだろう? 簡単なことだ」
「簡単ですかねぇ?
それってつまり、州城の奥まで侵入しろって言われているんですけれども」
その気楽そうな態度に、連れの男は不安そうな顔になるが、これにも大偉皇子は取り合わない。
「簡単さ、少なくとも陛下の寝所に忍び込むよりはな」
「まあ、そりゃあねぇ」
大偉皇子はこれを軽く言ってくれるが、協力したこの連れは、死を覚悟したというのに。
そうなのだ、今苑州に向かっているのも、大偉皇子が皇帝の寝所に忍びこんでの直談判の交換条件として、提示された仕事であるのだ。
皇帝の影の手をかいくぐり、やってのけたその能力は素晴らしいものだが、連れとしてはこの能力をもっと別のことに発揮してほしかったと、切に願う。
しかもそうまでして忍び込んだのに、つい願ってしまうのが「宮女の髪が欲しい」というのだから、本当に困った皇子である。
「無茶をする主を持ったわたくしめは、本当に不幸です」
「はっは、幸と不幸は裏表、思い込み次第だぞ?」
がっくりと肩を落とす連れの男に、大偉皇子はそんな声をかけてくる。
しかし連れはそのように気楽にはできていない。
「わたくしは、これが無事に済んだら田舎に引っ越し、畑でも耕して過ごします」
連れのこの言葉に、大偉皇子が眉を上げる。
「これこれ、そういう物言いが、それこそ不幸を呼ぶのだぞ?
都一番の娼館で豪遊してやる、くらいの気持ちでいるがよい」
「いえ、そういう所の女性はなんだか怖いので、ご遠慮したいですな」
連れの男はそう申し出ると、ぶるりと震えるのだった。
***