261話 叫ぶ
彼女の言うところの「偉い奴ら」の頂点にある存在の男は、これに渋い顔をしてみせた。
「苑州に金がないはずがないだろう。
国からかなりの『戦支援金』を受け取っているのだぞ?
それに戦で稼ごうという人手もかなり行っている。
その連中を使えば、荒れた里の復興だって楽にできるだろうに」
「そうなんですか?」
雨妹は目を瞬かせるが、確かに許子の恋人である朱仁も戦で稼ごうという一人であった、ということを思い出す。
杜が「フン」と鼻を鳴らす。
「隣の青州から太子を選出したことで、苑州側から『自分たちと青州との扱いに差が出るのではないか』という懐疑の声が上がってな。
当時、東国との小競り合いの被害が甚大で、復興もままならなかったこともあって、その不安もあったのだろう。
故に両州の関係がこじれて妙な争いにならぬように、長期の支援を保証して、それが今でも続いておるわ。
それをよくも……」
最後、声を低くする杜に、静が「なんだよそれ!」と大声を上げる。
「よくわかんないけど、苑州は陛下からすんごいお金を戦争のためだって言って、貰っていたってこと!?
そのお金はどこにあるんだよ、なんで里は荒らされたままで、兵隊にとられた男たちは戻ってこない!?」
静のますます募る怒りに、雨妹は「うわぁ」と引きつり気味の表情になる。
――つまり、国からの支援金を、苑州の偉い誰かがまるっと横流ししているってこと!?
苑州側が、自分の方で困っているからと頼んだお金だろうに。
しかも想像するに、金が流れている先は東国だ。
支援金がまるごと東国への贈り物となっていたとあっては、皇帝の顔に派手に泥を塗ったようなものだ。
しかも地理条件が悪いとはいえ、苑州と東国に欺かれていることに最近まで気付かなかったとなると、杜の怒りは相当なものであることだろう。
――親切心を踏みにじられると、可愛さ余って憎さ百倍だもんねぇ。
静も、ポタポタと目から涙が零れ落ちる。
「やっぱりそうなんだ、州城の奴らは東国に金を貢いで、自分たちがいい思いをすることばっかりだ。
その東国だって、苑州を金づるだとしか思っちゃいない。
暮らしている里の人たちのことなんて、誰も考えちゃあいないんだ……!」
静のその涙が怒り故か、それとも嘆きなのかは、雨妹にはわからない。
けれど出会ってからずっと、こんな風に泣かなかった静だ。
こらえていたものが、ぷつんと切れてしまったのだろう。
「宇、宇はどうしているのか?
宇は真面目だから、きっとすごく悩んでいる、悲しんでいる!」
そして心配するのは弟のことだ。
――敵の中に一人だけ残してきたようなものだものね。
しかも、東国人の支配下にある場所のど真ん中にだ。
役に立たなかったり害になったりするのであれば、あっさりと殺されそうな気がする。
それとも宇とやらは、それも承知で自分が残ったのだろうか?
静になんと声をかければよいかと悩む雨妹の一方で、杜はどこまでも冷静だ。
「宇とやらが大公の位につくのは、お主ら二人の作戦だったのか?」
これに、小さく鼻をすすって静が答えた。
「そうだよ。
二人であいつらを見返してやって、皇帝陛下の助けを求めてみせるんだって。
私が都に向かっているうちに、宇は少しでも悪いことにならないようにあの城で頑張るって、そう約束したんだ」
そう語る静は、涙目に力を込める。
「あいつら、宇が大公になるって言ったら急に見張りなんかが甘くなっちゃって。
子どもになにができるもんかっていうのが、あからさまなんだよ。
あの連中は、私のことはなんにもできやしないと思っていたけど、どんなもんだい!
宇、私は都に、宮城にたどり着いたんだぞ!」
そう雄たけびを上げる静は、若干興奮気味に目をギラギラとさせていた。




