260話 恨むのもむずかしい
「ねえ、どうして他に大公になる大人がいなかったの?
だって大公だよ、なりたがる人がたくさんいそうなものなのに」
雨妹はどうしても気になったので、口を挟んで尋ねてしまう。
これに、静は不機嫌そうに返す。
「知らないよそんなの、どうせ東国の奴らが妙なことを言ってきたんだろう?
老師が言ってた、苑州はもう東国なんだってさ」
そう言ってしかめっ面をする静に、雨妹はまたもや驚く。
――苑州が、もう東国の手に落ちているってこと!?
雨妹の驚きを余所に、静の話は続く。
「連中、私らが子どもだと思って舐めているんだ、ろくに話をしやしないで、怖がらせれば言う事を聞くと思っているんだ。
それに、いかにもこっちのことを思いやっているみたいな言い方でね」
遠慮なく不満をこぼす静に、しかし杜が問いかける。
「だが、両親を不幸な目に遭わされ、捨てられたお主たちとしては、大公に迎えられるのは見返してやる機会になったのではないか?」
けれど、静はこれに不機嫌さを増した。
「……それ、迎えだとかなんだとかで押しかけた連中が、みぃんな言っていたさ。
捨てられた子どもなのに迎え入れてやるのだから、ありがたいだろうって。
けど、そんなの大きなお世話!」
そう叫び、ドン! と床の敷物を叩いた。
「誰がお偉い生活がしたいと強請った!? 誰が金持ちの暮らしがしたいと言った!?
私と宇はあのまま、老師とあの里で暮らしていけたら、それでよかったんだ!
父親母親の罪を不問にしてやる?
そんな顔を見たこともない人のことを言われたって、知らないよ!」
静の怒りは、ほとんどの大人たちの想像からは少々ずれているものだろう。
しかし、雨妹には静の気持ちがわかる気がする。
――そうだよねぇ、親の無念を子どもが引き継ぐなんて、そうそうしないよねぇ。
「親子数代に渡っての恨み」なんていうものが、前世でドラマや小説でたまに語られたものだが、現実だとそんなに恨みというものは受け継がれるものか? と疑問である。
静の両親は非業の死だったかもしれないが、それは彼女が赤ん坊の頃の話だというし、人伝の事実にそこまで恨みを抱けなかったのだろう。
恨みとは自分が経験していないと、どうしても身につかない。
伝え聞いただけだと、やはり感情移入が難しくなる。
人とは案外、そういうあたりは割り切って出来ているのだろう。
この点、雨妹がいい見本ともいえる。
他人からすれば雨妹の身の上は悲劇の公主で、さぞかし宮城に対して恨みつらみを募らせているだろうと思われるかもしれない。
けれど雨妹自身は物心つく前から辺境で暮らしており、宮城での贅沢な暮らしを知らない。
なので「もし公主であったなら」という暮らしと今を比べて、自身を憐れむことがいまいちできないのだ。
代わりに思い浮かぶのは、いつだって前世で観た華流ドラマの物語だったけれど、それとてあくまで映像越しのことであって、経験ではない。
なので浮かぶ思いは「あの世界がこの国のどこかでリアルに展開されているのに!」という、この目で見れない口惜しさだったけれども。
まあ、そのことは置いておくとして。
「なるほど、お主の言い分はわかった」
静の激しい怒りに、しかし杜は動じることなく、話を続けた。
「苑州では、どのように暮らしておったのだ?
苑州の民は不自由しておるのか?」
杜に問われて、静は怒りの表情のまま答える。
「どこの里だって苦しいさ。
けど、里の皆の暮らしが苦しくても、偉い奴らはなんにもしないんだ。
『戦争のせいで金がないんだ』って言われるばっかり。
東国人に里が荒らされても、『金がないのが悪いんだ』ってほったらかしさ」
静は口を尖らせて、そんな苦情を述べる。