25話 呪い憑きの皇子
「でもなんかあれって、どっちが偉いのかわからないんですけど」
あの女官は、どう見ても皇子のお世話をする人の態度ではない。
顔をしかめる雨妹に、立彬が小さく息を吐く。
「仕方ない、あれは胡昭儀の実家から付いてきた女官だからな」
女官は宮女から出世する以外に、妃嬪が実家から連れてくる世話係が女官として入る場合があるのだが。
江貴妃の時といい、実家から派遣された女官というのはああいう人が多いのだろうか。
――まああの手の人材は、もしもの時の代わりって話も聞くし。
万が一、妃嬪が死んでしまった場合、後釜を他家に奪われるのを避けるために、すぐに代われる代理を女官として従わせるそうだ。
前世のドラマでもその手のドロドロしたシーンを見たことがあるので、あの女官もそうやって送り込まれた女なのかもしれない。
「しかし逃げ出すだなんだって、話が不穏ですね」
雨妹は皇子の出て来た茂みに視線を向けた。
皇子が本当に逃げて来たのだとしたら、あんな場所から現れたのも頷ける。
あの女官の連れて行き方も強引で、まるで「絶対に逃がさない」と言わんばかり。
痩せていることといい、なにか事情があるのは間違いないだろう。
皇子の身の上を想像して思案する雨妹に、立彬が告げる。
「おい、あまり深入りするな。
友仁皇子は、立場があまり良くない」
「というと?」
詳しい話を聞きたがる雨妹に、立彬は「これも知らないのか」と呟きため息をついた。
「友仁皇子は皇太后に『呪い憑き』とされてしまったせいで、危うい状況なのだ」
またまた『呪い憑き』ときた。
――呪いが好きだな、皇太后!
もしかして理解ができない現象は、全て呪いで片付ける類の人なのかもしれない。
それでは思考停止しているも同然で、上に立つ人間としてはどうなのだろう。
「っていうか、呪いってなんのですか?
急に笑い出すとか踊り出すとか?」
雨妹が思いつく呪いの症状を上げてみると、立彬が嫌そうな顔をした。
「……それはそれで不気味だが、全く違う。
友仁皇子は食事の席で、奇妙な行動をとることが多くてな」
その様子を目撃した皇太后が、「呪い憑きだ」と断定してしまったのだという。
「食事の席で、ねぇ……」
雨妹は「うーん」と唸る。
子供・食事・痩せているとくれば、思い当たることがあるのだが。
「あの皇子殿下が食事をして具体的にどんな行動をするのか、詳しく知りたいんですけど」
この言葉に、立彬が軽く眉をあげた。
「どういうことだ、なにを知っている?」
当然の疑問だろうが、情報がない今の時点ではなにも言えない。
「知っているものなのかを、確かめたいんです」
まっすぐ見上げる雨妹に、立彬が「ふむ」と思案する。
「太子殿下ならば、皇太后が糾弾した場にも同席していたはずだが」
つまり、太子に話を聞くかと提案されているわけで。
今なら太子宮にいるはずだという。
「……そこって、おやつを食べても怒られません?」
雨妹は、懐にある饅頭の包みを気にした。
ダメならここで食べてから行きたいのだが。
「お前は……。
まあ、茶ぐらいは出してもらえるか」
呆れた様子の立彬だが、それはつまりおやつの持ち込みOKということだろうか。
さらにお茶までくれるとは、なんて素敵な場所なのだ。
雨妹は俄然行く気になってきた。
「よぅし、さあ話を聞きに行きましょう!」
というわけで雨妹は太子宮へ向かう。
太子宮では綺麗な格好をした女たちが、大勢行き交っていた。
その回廊を下級宮女が太子付きの宦官に連れられて歩けば、目立つのは当たり前で。
「なに、あの娘」
「立彬様に連れられているけど」
あちらこちらから不躾にジロジロ見られてヒソヒソされる中、雨妹はそんな視線をものともせず、建物の観察に忙しい。
「へー、あんまり派手派手しくないですね」
雨妹はキョロキョロとしながら、ポツリと零す。
案外落ち着いた、悪く言えば地味な内装は意外な気がする。
建物自体に施されている彫刻などの装飾はともかく、高そうな壺とか置物があまり見られないためだろう。
「そういう装飾は、殿下があまり好まれないからな」
「そうなんですねぇ」
――余計な置物がないと、掃除をする方としては助かるな。
そんなことを思いながら歩いてくと、やがてとある部屋へとたどり着く。
「ただいま戻りました」
扉の前で立彬が呼びかけると、中から「どうぞ」と太子の声がする。
扉が開かれると、正面の机で書き物をしている太子の姿があった。
室内は年配の女官が一人付いているだけで、他には誰もいない。
「お帰り……おや、雨妹じゃないか」
笑顔で迎えた太子がこちらを見て目を丸くするので、雨妹は頭を下げる。
「顔を上げなよ。雨妹がここに来るとは珍しいね、なにかあったのかい?」
「はい、実は……」
筆を置いた太子が雨妹に声をかけてそう問いかけるのに、代わりに立彬が説明してくれた。