255話 そして、時は至る
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「なんとまぁ」
ここまでのダジャの話を聞き終えて、志偉の口から半ば呆れ声が漏れる。
「気概のある子どもたちだというべきか、子どもにそうまでさせてしまう周囲の大人の軟弱さよと嘆くべきか」
今の話だと、双子が決意するまで同じ決意をする大人が現れなかった、ということでもある。
今数えで十歳だというので、その決断をしたのはもっと小さい頃であっただろう。
「なにやら、似たような境遇で担ぎ出された御仁を、知っているように思いますね」
そんな志偉を、李将軍がちらりと見てそう述べる。
これに志偉が「ふん」と鼻を鳴らす。
志偉も確かに若い時分に皇帝位に担ぎ出されたが、さすがに子どもという年頃は脱していた。
それでも「若造の田舎者」だと馬鹿にされ、かなりの苦労をしたものだ。
「余命短い者どもは、変革よりも無難な余生を望むもの。
我もそれで苦労したわ」
志偉が嫌そうにそう述べると、ダジャに向き直った。
「とにかく、話はわかった。
だが、助けを求めて伸ばされた手を全てとっていては身が持たぬ……と言いたいが、まだ子どもの身で山越えをしてきた心意気には、思うところがある」
志偉はそう言って、ダジャをジロリと見下ろす。
『……!』
志偉の視線を受けてダジャが自然と首を垂れ、緊張したように身震いをしているのがわかる。
志偉はこれまでただ話を聞いていた時には潜めていたようだが、その目に込められた本気の威圧感には、自然と首を垂れてしまうのだ。
この視線にさらされて、平然と見返せる胆力のある者は、なかなかいないだろう。
『あなた、いや、あなた様はもしや……!?』
目線だけ上げて、あえぐように言うダジャに、黄才が視線で肯定する。
そんなダジャに、志偉は告げる
「隷属させられた屈辱を飲み込み、我が国の子らを守りし把国の者よ。
朕はそなたを王子として受け入れよう。
才よ、そう言うてやれ」
その頭上から降り注いだその言葉を黄才に通訳され、ダジャはガバリと顔を上げてから、再び深々と下げる。
目の前の人物が誰なのかを理解したのだ。
「皇帝陛下、どうか、双子をお助けに……!」
ダジャが崔国の言葉で懇願してくるのに、志偉は「さてなぁ」と言うと、やる気なさそうに息を吐く。
「朕はな、そう戦が好きなわけではなく、このまま隠居暮らしをしたいくらいだ。
悪をすべからく滅するべし、などという聖人君子でもない」
このように話す志偉に、傍らで黄才はひそかに眉をひそめ、李将軍と解は表情を変えない。
今、苑州への進軍で、宮城内でも戦好きの連中が浮足立っている。
そこへこの事態が大々的に知られることとなり、「やはり戦を止めて融和なんぞと言ったのが間違いなのだ」などという論調が強くなってはたまらない。
得てしてそういう事を言う連中は、自身は戦場に一歩も踏み入れたことのない軟弱ものである。
戦を金勘定だけで語るなど、言語道断というものだ。
あの血と汗と泥、その他さまざまな汚物にまみれた、この世の底の世界であるかのような場所へ、誰が望んで行くというのか?
志偉や他の者たちの様子を見て、ダジャは前向きなことを言われていないのだと察したのか、息を呑む。
そんなダジャに黄才が通訳してやろうとするが、しかし志偉が手で制して、「だが」と言葉を続ける。
「かの娘にな、『未来ある子を見殺しにした人でなしよ』とは詰られたくはないものよ」
志偉の言う「かの娘」という者に、李将軍と解は想像がついたのか、目元を和らげる。
「は? え……」
一体どういう話になっているのか、戸惑うダジャを余所に、志偉が思案する。
「羽虫みたいに鬱陶しい連中め、軍を動かし、再び正面から叩き潰してやろうかと思うたが。
ちと、趣向を変えてやろうかの。
さて、誰を使うとするか……」
そう言って口の端を上げる志偉は、楽しそうであり、怒りが深そうにも見えた。
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