251話 何家の事情
「かつて苑州が青州と分れた件も、『血の近い東国とも仲良くしよう』という派閥と、『家族を殺した相手と仲良くなんてできない』という派閥とで、意見が衝突したことが発端だったはずですし」
解が黄才にそう話す。
前者が何大公側の者であり、後者は東国の血が比較的入っていない者たちの集まりで、それが後に反乱を起こして青州を興した。
そして苑州側には「長いものには巻かれておけ」という、事なかれ主義の者が残ったというわけだ。
この解の説明に、志偉が「ふぅむ」と顎を撫でる。
「確かに、さような事情であったよな。
血がどうのとくだらんことで争うとはと呆れたのは覚えておるわ。
それに我が知る何家の者は、なんとも頼りない印象であった気がする」
そのようなことを言う志偉だが、彼こそが「皇帝」という「血がどうの」という理由で争っている渦中の人なのだが、自分のことは棚上げである。
次いで李将軍も思い出すようにして口を開く。
「確かに以前にお会いした何大公は、気概がありそうなお人ではなかったと記憶しておりますな。
周囲が大公としてそれなりに見栄えがして、担ぎやすい一族を選んだのでしょうか?」
そう言って首を捻る李将軍だが、それでも志偉が即位してしばらくはそのあたりの折衝をそこそこ上手くやっていたはずである。
だがそれは、東国が志偉を恐れて手出しを控えていたというだけで、何大公の手腕ということではなかったのだろう。
「やはり、東国の首長が変わったからか」
「東国は陛下にこっぴどく叩かれてからは、静かなものだったんですがなぁ。
そろそろその痛みを忘れてしまったのでしょう」
そんな風に語り合う崔国人たちに、ダジャが『それで』と話を続けてきた。
『博も、それまでなんとか境遇を変えようとは努力したようだ』
博は、ただ奴隷として虐げられることに身を任せてはいなかった。
苑州がすでに東国の手に落ちていることをなんとか外部に知らせようと、様々な手を打ったらしい。
だがそれがことごとく実を結ばずにいるのだと、ダジャに語ったという。
そんな博から「奴隷仲間だから、自分に故郷の話をしてくれ」と乞われ、ダジャはその望みをかなえるべく、様々な話をした。
ダジャが崔の言葉をそれなりに聞き取れるようになったのも、この博の協力のおかげだそうだ。
「なるほど、では朱仁が見た子どもというのは、その博で間違いなさそうだな」
「そうですね、朱が記憶を失わずにもっと早く許子の元へ帰っていれば、苑州の事情もより早くに露呈したのでしょうが。
こればかりは、運命の悪戯としか言えないものです」
李将軍と解が、そうひそひそと言い合っている。
だがそんなダジャと博の生活も、長くは続かなかったという。
『博が砦を去る東国人に気に入られて、大金と引き換えに連れられて行くことになったのだ』
東国から砦を訪ねていた客人が、ぜひに博を貰い受けたいと強請った。
その客人は東国でも地位の高い者だったようで、苑州側はもちろん、砦にいた東国人たちも否と言えなかったという。
博が砦にいなくなるとなれば、何家は新たな砦への人質を据えねばならない。
『その犠牲になることを危惧して、博は私だけでも逃げて、その際にまだ幼い従妹弟たちを一緒に連れて行ってくれと頼んできた。
その従姉弟というのが、静と宇の双子の姉弟だ』
その博の願いをすぐにもかなえようと動くつもりのダジャだったが、博が去ってすぐにまた別の問題が起きてしまう。
名ばかりの大公として据えられていた老人が、死んでしまったのだ。
こうなれば通常であれば、大公家の中から丁度良い人材を大公に据えればよい話だ。
宮城から怪しまれないためにも、速やかに新たに大公を立てることは急務である。