247話 黄才
この黄徳妃・黄才とは、実は他の百花宮の妃嬪たちとはかなり毛色が違う人物である。
多くの妃嬪が、国の中枢の仕事について全く無知となるように、幼い頃から徹底的に学問などから遠ざけられて育てられ、着飾ることと享楽にふけることを由として育てられる。
国の金を使って贅沢をすることが、すなわち実家の得になることが多いからだ。
一方でこの黄才とは、そのように育った女ではない。
というよりも、そもそも後宮入りするつもりもなかったらしく、都に来る以前は船に乗って海を渡っていたのである。
それが、黄大公が皇帝と争うのを止めることを決め、融和を図るようになったことで転機が訪れた。
そうなると、他の諸侯たちから舐められないためにも、「御家に皇族を迎えるべきだ」という意見が多くなってくる。
つまり、黄家も女を送り込んで皇子か公主を産んでもらおうというのだ。
その時に名を上げられたのが、黄才というわけであった。
黄家の誇りにかけて、安易に皇帝に迎合するような女では困る。
そのあたりの調整能力に長けた者がよいということで、選ばれたのである。
黄大公に頭を下げて懇願され、渋々後宮の妃としての役目を引き受けたというのだから、他の妃嬪たちとは全てが真逆の人物といえよう。
だからその黄才が何故この場に呼ばれたのかというのは、李将軍にも解にも容易に想像がつく。
黄才は黄徳妃となる以前は、己の船に乗って他国と行き来する船乗りであったのだ。
ゆえに、他国の言葉にはある程度精通しているはずであろう。
だが、それならば連れてきている部下も、他国の言葉に通じているはずで、そちらを借り受ければよい話に思うのだが。
そのような李将軍と解の疑問を察したのだろう、志偉が事情を話す。
「本来ならば、言葉のわかる部下を借り受けようとしたのだがな、『己が行く』と申したのだ」
仕方ないという表情で言ってくる志偉だが、それで連れてくる方もどうかしていると、解は思ってしまった。
一方で部屋の奥にいるダジャは、新たに現れた二人連れ、特に黄才を見て、怪訝そうな表情をしている。
「お話を聞いた時、わたくしには少々心当たりがありましたもので、こうして強引に来たのでございます」
黄才はそう言うと、ダジャへとちらりと目をやる。
「まったく、どこでこの男を拾ってこられたのか、不可思議でございますこと。
おちおちと落とされも、拾われもされるような人物ではございませんのに」
確信を持って告げる黄才に、李将軍と解が顔を見合わせる。
「存じておる者でございますので?」
李将軍が問うのに、黄才が頷いた。
「ええ、この者はかつてとかなり風貌が変わっておりますが、おそらくは把国の王子、ダジャルファード殿でございますよ」
なんとも、衝撃の情報がもたらされたものだ。
「……嘘は申しておらぬな?」
確認してくる志偉に、黄才が眉を上げる。
「御前で嘘を話すほど、命知らずではないつもりでございますよ」
そう言って頷いた黄才の言葉に、解が「把国ですか」と呟く。
「把国は隣国と領地争いが長年続いておりますが、その隣国と友好関係にあるのが、東国です」
解が思い出した情報を述べた。
「なるほど、ではその王子殿下になんらかの事件が起きて苑州に現れるようなことになっても、おかしくはないということか」
李将軍が「う~ん」と唸りつつ、なんとか納得するような顔になる。
「私もかつてはあのあたりの海上でたまに、東国の船に絡まれたものです」
黄才がかつてを思い返して語った。




