246話 一方、その頃
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初めての労働で疲れた静が寝てしまった、ちょうどその頃。
宮城の奥深くの、ごく一部の者しか立ち入ることができない区画にある一室には、ひそかに人が集まっていた。
今この場にいるのは李将軍、中書令の解威、そして部屋の最奥の床に座っている褐色の肌をした男。
そう、静と別れて保護されたダジャである。
そして、ここへもう一人が、人を連れて来る予定なのだが……。
「入るぞ」
まさにその待ち人が到着したようで、そう声がして戸が開いた。
「ふむ、ちと待たせたか?」
そう言いながら首を捻ったのは皇帝、志偉である。
「いいえ、そのようなことはございませぬ」
「時間通りでございます。
それで、お話のお人とはどちらに?」
首を横に振る李将軍に続いて、解が問いを発する。
そう、志偉は人を連れてくる手筈となっていたのだ。
その人とは、ダジャの言葉を理解できる通訳者である。
ダジャは一体どこの出身なのか、李将軍には全くわからず、解にも南方のどこかとしかあたりをつけられていない。
ならばと通訳者を手配するにも、ダジャを密かに宮城に引き入れているため、誰でもよいということにはならない。
こうして困っているところへ、ダジャについて報告を受けた志偉が「言葉が分かりそうな相手で、秘密を守ってくれそうな者に心当たりがある」と言い出したのだ。
その通訳者と、ここで会う約束であった。
「約束の者だ、入れ」
志偉が背後に声をかけると、戸の外へ控えていたらしい人物が二人、部屋へ入ってきた。
その人物たちは簡素な格好をしており、一見して身分が分かり辛くなっている。
だが前に立つ者が主で、背後に控えるように立つ者は従者のようだと、二人の立ち位置で判断できる。
その二人ともが頭巾ですっぽりと頭部を隠しており、非常に怪しい風体であった。
李将軍と解が二人で顔を見合わせて戸惑っていたが、志偉は彼らの様子を気にする様子はない。
「もうよいぞ、頭巾をとっても」
志偉が二人にそう声をかける。
「はぁ、コソコソとするのは性に合わないことです」
すると、女の声が響いたかと思ったら、二人が頭巾を外す。
「……!」
二人、特に前にいる人物を見て、李将軍と解が目を見張る。
「黄才です、お邪魔はいたしませんので、よろしくどうぞ」
前に立つ女、黄才がニコリと微笑む。
一緒にいるもう一人は彼女の供らしく、ぴたりと背後に寄り添って、控えるように黙すままだ。
「よろしいのですか!?」
「思い切ったことをなさいますなぁ」
解が驚き、李将軍が面白がるように告げるのに、志偉は眉を上げる。
「仕方あるまい。
身近で言葉がわかりそうなのがこの者しかおらぬでは、出向いてもらうしかあるまいて」
そう言って「フン」と鼻を鳴らす志偉に、黄才が「ははは!」と大声で笑う。
「突然わが宮に忍んでこられて『出るぞ』と言われて、何事かと思いましたよ」
「……なんと」
「ほぉう?」
あっけらかんとした態度の黄才に、解がさらに驚き、李将軍はニヤニヤ顔を隠そうともしない。
彼らが驚くのも無理はなく、実は黄才と名乗ったこの人物は、黄徳妃とも呼ばれている、百花宮にいる四夫人の一人であった。
その高貴なお人が、供らしい女を背後に一人連れただけでこの場にいるなど、驚く他ないであろう。