242話 医局にて
そんなわけで、雨妹たちは医局へ到着した。
建物の前に三輪車を停めると、戸を叩く。
「陳先生~!」
雨妹がひと声かけてから戸を開けて中を覗くと、戸口からでも奥にある部屋の中が散らかっているのが見える。
その奥の部屋から、陳がひょこりと顔を覗かせた。
「おう雨妹、いいところに来たな。
片付けを手伝ってくれないか?」
陳がそう言って手招きしてくるので、雨妹は静を連れてそちらに向かう。
「また、えらく散らかっていますねぇ」
雨妹が感心してしまうくらいに、いつも診察に使われている部屋はごちゃごちゃに散らかっていた。
その散らかっている物は綿やら包帯やら薬瓶やらばかりだったので、どうやら患者対応をした直後だったようだ。
「まったく、えらい苦労をしたぞ」
陳がそう言ってため息を一つ吐くと、部屋がこうなった事情を語った。
なんでも、先程までいた患者は宮女だったのだが、なんらかの作業をしている最中にうっかり木材のささくれている部分に触れたそうで、そのささくれの棘が手の指に深く刺さってしまったのだという。
「刺さったトゲを抜くだけなんだが、何故か指ごと切り落とされると勘違いしてな、まあ暴れるわ暴れるわで、こうなったんだよ」
「それはそれは、お疲れ様でした」
事情を知って、雨妹は苦笑しつつ陳をねぎらう。
どうやら大変な怖がりの患者だったようだ。
陳は指を切り落としたりしないと説得したものの、痛がって騒ぐ彼女の指をとるのも一苦労で、やっとどうにか棘を抜けるかとなったが、深くて簡単に抜けないのでちょっと切開するために刃物を手に取ると、「やっぱり指を切り落とされるんだ!?」と彼女がわめいて話が元に戻る。
そんな堂々巡りをしていたのだそうな。
そういう場合には助手がいれば暴れないように押さえてもらえるのだろうが、ついてないことに陳が一人だけの時の患者だったとか。
なんとも不運なことである。
「お任せください。
掃除係なので、片付けは得意です!」
雨妹がドンと己の胸を叩いてみせると、陳がホッとした顔になる。
「助かる。
で、そもそもお前さんはなんの用事できたんだ?」
陳が問うてきたので、雨妹は自分の後ろで所在なさそうに立っている静を振り返る。
「あのですね、こちらの静静を診察してもらいたくて、来たんです」
雨妹はそう言って、静の背を押して陳の前に出した。
「ここのお医者様の陳先生だよ、ご挨拶してね」
「何静です」
雨妹が促すと、静は名を告げて礼の姿勢をとる。
今度は立彬相手の時よりもマシな挨拶ができた静である。
やはりあの時は立彬が少し怖かったようだ。
それで言うと、最初に会った李将軍の方がずっと怖いはずなのだが、あちらと会った時は興奮し過ぎていて、その勢いで話せていたのかもしれない。
そんな静の様子を見て、陳が眉を上げる。
「ほぅ、もしかして噂の新入りか?」
やはり陳のところにも、時期外れの新入りの噂が届いていたようだ。
「さすが耳が早いですねぇ、そうなんです。
私が片付けをしている間に、この静静の診察をしてもらえますか?」
「おう、いいぞ。
じゃあ静静とやら、こちらに来てくれ。
どこが悪いんだ?」
雨妹が頼むと陳が請け負い、静を牀へと誘導する。
「……腹が重い」
静はとりあえず、今最も要望することを伝えていた。
「静静って、どうにも食が細いんですよねぇ」
雨妹は床に散らかっている物をかき集めながら、陳に意見を付け加える。
「ふんふん、ちょっと腹に触るぞ」
静の診察が始まったので、雨妹は極力うるさくしないように気を付けながら、手際よく室内を片付けていく。
落ちている瓶の類はまとめておけば、きっと後から陳が分けるだろう。
汚れた布は洗濯行きになるので、そちらもまとめて隅に置いておく。