230話 情報提供
雨妹は美娜にというより、この場にいる全員に答えるように、少し大きめの声で告げる。
「今回来たのは一人だけです。
どうもかなり遠方から来たみたいで、他から遅れたみたいですね」
楊と決めていた設定を話すと、周囲から「なぁんだ」やら「ほら!」やらと声が響く。
どうやら皆、それぞれに色々な想像を働かせていたようだ。
「そういえば、阿妹たちもちょうど今頃に来たんだったかね」
美娜がそんな風に言ってきたのに、「よく憶えていますね」と雨妹は驚く。
「そうなんです。
遠いと道が悪い所もありますからねぇ、遅くなっても仕方ないですよ」
雨妹は美娜にそう返しておく。
実際のところ、雨妹たちも本当ならば春節前の忙しい時期に間に合うようにと集められたらしいのだが、道が崩れて遠回りしたり天候が悪かったりして、予定が遅れに遅れて春節明けの到着となったわけだ。
だから楊の設定も、あながち外れた意見ではないということだろう。
「それで夕食を二人分ってことは、ひょっとしてその娘を阿妹が面倒を見ているのかい?」
美娜の指摘に、「そうなんです!」と雨妹は頷く。
「田舎者同士で馬が合うだろうってことで、私が面倒を見ることになっちゃいました!」
「おや、世話係とは出世じゃないか、おめでとうさん!」
「へへっ、ありがとうございます!」
雨妹が胸を張り気味にして言うと、美娜が笑って祝福してくれる。
出世といっても一人の面倒を見る程度で、区分けされた集団の長ほどの出世ではない。
しかしより上の出世への最初の一歩でもあるので、皆この段階を踏まえていくものなのだ。
――静さんにとっては仮の身分かもしれないけど、しっかりお仕事の楽しさを教えてあげなくっちゃ!
雨妹は密かにそう決意する。
ちなみに周囲は田舎者だと聞いたとたんに興味を無くしたようで、別の話をし始めている。
これが都の大店の娘であったならば、仲良くすれば自身に利があるかもしれないので、世話係に大勢が立候補するのだろうが、田舎者だと旨味がないと思ったのだろう。
実に現金な宮女たちだが、人とは案外こんなものだ。
「じゃあ新入りは、今日から大部屋かい?」
「それなんですけど、その娘って一人だけの新入りで寂しいだろうっていうのと、田舎の出で生活習慣も違うと思うのとで、しばらく私と相部屋なんです」
「はぁ、なるほどねぇ」
雨妹は美娜に、これまたあらかじめ考えていた新入りが大部屋に入らない理由として、あり得そうな事情を述べる。
実際この崔の国は広くて、地方によって生活文化が様々に違うので、そうした文化の相違による軋轢がしばしばあるのだ。
ゆえに大部屋もいくつかあり、大まかながら出身地によって分けられている。
「けど阿妹の部屋って、二人で寝られるほどに広くはないだろう?」
「そうなんですよ。
今の部屋は気に入っていたんですけど、世話係っていうちょっと出世のご褒美の部屋替えになりました。
というわけで明日引っ越しです」
「そうかい、そりゃあせわしないねぇ」
雨妹の話に、美娜がそう言って息を吐いた。
これを耳にした周囲の反応としては、「新入りと同室なんて、面倒を押し付けられたわね」という声が聞こえてきた。
個室を貰えるのは上級宮女からだと決まっていて、雨妹はひょんなことから狭いながらも個室住まいをしていたとはいえ、正式な個室を貰うとなると、上級宮女の仲間入りをすることとなる。
とはいえ、上級宮女の下っ端なのだが。
けれど今のところどうやら宮女歴一年の雨妹が出世したことよりも、「面倒を押し付けられた奴」という意見が勝っているようだ。
雨妹としても妙な嫉妬や反感を買いたくないので、こうした反応で良かったとホッとする。
――これだけ話を振りまいておけばいいかな。
雨妹がそう思ったところで、ちょうど用意ができた夕食を差し出された。