227話 身支度
「戻りました!」
「ああ、お帰り」
雨妹が部屋へ戻ると、楊は検査を終えていた。
「……」
その部屋の隅には、再び青い顔をして床にへたり込んでいる静がいた。
――まあ、身体検査の後ってこうなるよね。
「華流ドラマを実体験できた」とはしゃいだ雨妹の方が、どちらかというと特殊なのだ。
楊もこうなる女を見慣れているので、特に気遣ったりはしない。
そして楊がなにも言わないところを見ると、静の検査結果は問題なかったようだ。
というか、ここで引っ掛かったならばこの作戦を考え直さなければならないところだった。
年齢がまだ数えで十二歳だとはいえ、それと処女であるかどうかはまた別の話なのだ。
お偉い人の中には幼女趣味の人もそこそこいるのだと、宮女のお姉さま方から漏れ聞こえる噂話で聞き及んでいる。
その上体格のいい静であるのでちょっと心配していたが、問題なくてホッとした雨妹であった。
ともあれ、第一関門を突破したところで、次の作業へと進む。
「さあ、まずはその男に似せたナリをどうにかするかね」
楊がそう話し、静を着替えさせることになるのだが、着替えるまえに身を清めさせる必要があるだろう。
彼女の足の手当てはしたものの、そこ以外の全身は旅の汚れが溜まっているままなのだ。
他の宮女たちへの顔見せもまだな静を沐浴場に連れていくわけにはいかないので、室内に雨妹が持ってきた大きな桶を置くと、そこへお湯を混ぜて温めた水を張り、静を裸にしてその中に座らせて汚れを落としていく。
これが宮女集めで連れられてきたのならば、都入りの前に宿でちゃんと身を清められるものだ。
連れて来た娘たちの見た目で仲介者への支払いが決まるので、身綺麗にさせるのも大事なのである。
このあたりも、静は例外であると言えるだろう。
静は他人に裸を見せるのは平気なようで、この時はあまり揉めることはなかった。
――こういうところは、お世話されるのに慣れたお偉い人の子だよねぇ。
楊と二人がかりでピカピカに磨き上げてから、宮女の格好をさせた静は、可愛いというよりも凛々しい雰囲気であった。
今は濡れた髪を乾かすために、窓際に座っている。
洗髪も本来ならば速く乾くようにと日の高い時間に行うものだが、今回はもう夕食の時間に近いため、布をたくさん使って水気を拭い取っていく。
それでも、静は乾くのが速い方だろう。
というのも――
「楊おばさん、髪が短いですよね?」
雨妹はそう指摘する。
そう、静の男装のための頭巾を外すと、想像以上に髪が短かったのだ。
この国では髪を長く伸ばすというか、髪を切らないことが慣習である。
とはいえ、荒れた毛先を整えるくらいはするし、洗髪の手間が嫌で短めに揃えている人だっている。
雨妹もやや短めに揃えている一人なのだが、静はそんな雨妹よりも短く、肩にかろうじて届くかどうかといった長さしかない。
大公家であれば、見栄もあって特に髪は気遣うものだろうに、まるで髪の手入れに手間がかけられない田舎者のようだ。
「そうだねぇ……」
この点をやはり気にかけていたらしい楊が、静の周りをぐるっと回ってじっくりと見る。
「目立つことは確かだけど、付け毛を用意するのもすぐにとはいかないよ」
楊がそう言って悩ましそうな顔になる。
短すぎる髪は、訳ありだと言っているようなものだ。
髪を切るのは出家するか、犯罪者として処罰を受けたかなのだから。
半端な長さだと、つい最近犯罪落ちをしたと思われるのだ。
すなわち、付け毛が必要な人は訳ありだということになり、露店で普通に売っているような品ではないのだ。
髪のことを指摘されると、静がかすかにビクッと肩を跳ねさせたのが見て取れた。
――なにか、訳があって短くしていたのかな?
楊も静の様子に気付いたようで、雨妹と目を合わせてくる。




