222話 つまり、こうなる
宮城という言葉が聞こえた静は、パアッと表情を明るくする。
「宮城へってことは、皇帝陛下に会えるの!?」
皇帝に会うために都まで来た静が、己の目的へ近づくことを喜ぶ。
しかし彼女たちは苑州から関所を通らずに都入りをしているわけで、宮城入りでそのあたりを責められる可能性は考えないらしい。
「直に皇帝陛下とお会いできるかはわからんが、話を伝えることにはなるだろう」
李将軍は関所を不正に抜けたことはこの場で指摘せず、ただそうとだけ告げる。
数えで十二歳の子どもが過酷な山越えをしてまで皇帝陛下へ直訴しようというのだから、その内容に耳を貸さずに追い返すわけにはいかない、ということだろう。
特に今問題になっている苑州のこととなれば、なおさらだ。
「そうか、ならどこにでも行くよ」
静がホッとしたその顔が、雨妹は年相応に見えた。
というわけで、雨妹と李将軍は静とダジャを連れて戻ることになった。
――大変なことになったなぁ。
楽しく過ごした外出の終わりに大事を引き当ててしまったものだと、雨妹は息を吐いた。
けれど当然ながら正面から堂々と入れるわけにはいかないので、通用門として使われている門を通る。
ちなみに、雨妹が辺境からはるばるやってきて宮城入りしたのも、この門だ。
こちらの門にもちゃんと見張りの兵士がいるのだが、李将軍なんていう大物がこちらにやって来たことに驚いていた。
偉い人は宮城の正面玄関にあたる乾清門から入りたがるものなので、こちらで偉い人と遭遇することはそうそうないのだろう。
「通るぞ」
李将軍がそう言うと、見張りの兵士がおっかなびっくりながらも頷いて道を譲る。
この間、同行している静とダジャは身体をスッポリと覆い隠す上着を着せているのだが、見張りの兵士はその二人について追及しようかと悩んでいる。
そんな兵士に、李将軍がニヤリとした顔で凄んでみせた。
「なにか用でもあるか?」
「……いえ、ないです、どうぞ」
そして李将軍の圧に負けて、兵士は己の疑念を引っ込めたようだ。
これで下手に追及して、もし位の高い妃嬪のお忍びとかだったら、恥をかかせると首が本当に飛ぶかもしれないのだから、腰が引けてしまうのもわかる。
李将軍もゴリ押しできることを狙って、こちらの門を選んだのだろう。
これが乾清門だと、さすがにこうはいかないはずだ。
門を通ると、李将軍は近くにある兵士の休憩小屋へと入る。
そこではもうすぐ交代らしい兵士が中で待機していたのだが、彼はギョッとして立ち上がり、先程の兵士同様に李将軍の圧に負けて小屋から出ていった。
――追い出したみたいになって、本当にごめんね!
こうして強引な人払いが済んだところで。
「さて、お前さんは急いで楊を呼んできてくれ」
李将軍が雨妹にそう命じてきた。
「楊おばさんを、ですか?」
雨妹はてっきりこのまま李将軍が連れていくのかと思ったのだが、どうやらそういうわけにはいかないようだ。
「そっちのお嬢ちゃんは、女に任せる方がいいだろう?
野郎の集団に連れていくわけにはいかんよ」
「……それはそうかもですね」
李将軍のもっともな意見に、雨妹は納得する。
李将軍は静の身柄を預ける場所を考えて楊を頼るためもあって、この門から入ったらしい。
雨妹がこの門から宮城入りしたように、ここは宮女の宿舎に一番近いのだ。
「わかりました、行ってきます!」
雨妹は大きく頷くと、小屋から出て駆けていく。
幸い、楊はすぐにつかまった。
食堂で美娜と麻花をつまんでいたのだ。
「楊おばさぁ~ん! はひぃ……」
ここまで全力で走ってきた雨妹は、さすがに肩で息をする。
「おや阿妹、どうしたんだい?
まあ白湯でも飲みなよ」
雨妹の様子を見た美娜が、そう言って白湯を勧めてくれた。
これをグビッと飲み干した雨妹はついでに麻花も貰って食べて人心地ついたところで、楊に切り出す。
「楊おばさん、李将軍が急ぎでお呼びです!」
「将軍がかい?」
楊が驚いているが、宮女の監督者が将軍と話すなど、そうそうないことなのだろう。