221話 意外な身分
ここで静の口からまたもや驚き発言が出たのに、雨妹たちは目を見開く。
「はいぃ!?」
「奴隷だと!?」
「なんと……」
雨妹たちが三人三様に驚いたのに、ダジャがなにを話されているのか想像できたらしく苦笑する。
まず、ここ崔の国では、奴隷と言えば犯罪奴隷とそうではない奴隷である。
奴隷というと、前世日本人の感覚だと劣悪な環境で強制労働されているように考えてしまうが、そういうわけでもない。
もちろん、犯罪奴隷ならばそうした過酷な場所に投入されることが多いだろう。しかしそうではない奴隷をあげるなら、宮城で働く宦官や宮妓だってその範疇にあるし、己の身を己で立てられず身を売ることを広い意味で奴隷と言うのならば、勤め人たちとて私的な奴隷となるし、地主に土地を借りて農業をしている農民だって奴隷なのである。
こうした様々な場所で働く奴隷たちの取り扱いは、法律でちゃんと決められていて、私的な借金奴隷を無下に扱っては、持ち主側が処罰を受けるのだ。
奴隷と一口に言っても複雑な中で、人々が口にする奴隷とは、犯罪奴隷を指すのが通常である。
このように奴隷についてをおさらいした上で、雨妹はダジャについて考えてみる。
――犯罪奴隷かもって、このダジャさんが?
いや、異国人の奴隷ならば、必ずしも犯罪者が奴隷落ちしたわけではないのだろうが、それにしても雨妹が疑問に思ってしまうくらいにダジャは、はっきり言ってそれっぽくない。
犯罪者になるような心根の人間に一見思えないし、態度が堂々としているのである。
この態度というのは、別に身体が大きいからというわけではない。
身体が大きくてもいつもオドオドしている人だって、世の中にはいるものだ。
それに犯罪者に見えない犯罪者という人だっているだろう。
けれどダジャはそういうような人ではないだろうと、反射的に思えてしまうのだ。
一般的な犯罪に走ってしまう人のように世間を下から見上げるのではなく、むしろ上から見下ろすことが似合っている、そんな雰囲気というか、圧のある人物である。
――いやでも、それだって面倒な想像にならない?
そんな圧を持つ異国人の奴隷だなんて、怪しい匂いがプンプンするではないか。
雨妹同様の怪しさを李将軍も感じているらしく、頭痛を堪えるような仕草をしている。
そんな雨妹たちの気持ちを知ってか知らずか、静が話を続ける。
「本当ならダジャはどっかのオバサンに売られる予定だったみたいだけど、従兄がすごく欲しがって、その後で私たち姉弟の護衛ってことになったんだ。
子どものおねだりってヤツさ」
軽い調子で言ってくる静だが、気になる言葉がちょいちょい出てきた。
――ダジャさんって、もしかして後宮への贈り物とかだったんじゃないよね?
ダジャは旅の疲れでくたびれていても、精悍で見目のいい男であるので、きっと後宮の妃嬪たちから好かれることと思われる。
異国人の宦官にでもされる予定だったのだろう。
そして贈られるとしたら、きっと皇太后あたりに違いない。
ダジャとは、なんとも微妙な立場にいた男である。
「……思わぬ厄介事に行き当たったな、こりゃあ」
李将軍が頭を抱えるようにしてぼやく。
「どうするんですか?
二人とも、ここに置いておくのはさすがに危ない」
明が念のためにそう進言するのに、「わかっている」と李将軍が返す。
「宮城へ連れていくしかあるまい」
「それがよろしいかと」
李将軍が出した答えに、明も同意している。
確かに、こんなあからさまに危険な存在を、街中に置いておくわけにはいかないだろう。