213話 おかしな二人組
「静……いた!」
やがて声の主が人垣をかき分けながらやって来る。
それは薄汚れた外套と頭巾で、すっぽりと全身を覆い隠している男であった。
野次馬で集まっている人たちよりも頭一つ分くらい背が高く、顔がほぼ見えないあたりが非常に怪しい人物である。
饅頭を盗み食いしようとした人は静という名前であるようで、この男はその静を相当探していたのか、ゼイゼイと肩で息をしている。
「ダジャ、その、あの」
静はこの男、どうやらダシャという名前らしい彼と顔を合わせて、ばつが悪そうな顔になった。
そんな静に大股に近付いたダシャは、ゴツン! と拳を静の頭に落とす。
「……っ痛い!」
「いない、さがした、悪い!」
目に涙を滲ませて文句を言う静に、ダジャは切れ切れな強い口調で叱りつける。
「あちらの男は話し方がぎこちないが、もしや異国人か?」
その二人の様子を見て、李将軍が呟く。
「そうかもしれませんね。
私としては、あちらのもう一人の方も少々気になりまして」
雨妹と李将軍がひそひそと話す一方で、その異国風の男が静の手に握られている食べかけの饅頭を見て状況を察したのか、静を掴んでいる男に向き直る。
「食べる、わるいこと、金?」
「お? おお、にいちゃんが連れかい?
払ってくれるならいいんだ。
こういう奴は紐でも繋いでいろよ、危なっかしい」
「悪い」
露店の男は代金を受け取れればそれでいいらしく、ダジャから饅頭代をもらうと静から手を放す。
こうして自由の身になった静だが、すぐに異国風の男からの説教が始まっていた。
「おまえ、悪い!」
「約束の場所から動いたのは悪かったって。
でもさぁ……」
「でも、ダメ、ああ……!」
憤然と叱りつけるダジャに、静が言い訳を並べて言い逃れを試みている。
それにダシャが反論するも、うまくこの国の言葉にできないようで、時折聞きなれない異国の言葉でまくしたてていた。
その様子を、野次馬たちがしげしげと見ている。
――あの人たちって、見世物になっているのに気付いていないなぁ。
その野次馬の一人である雨妹なのだが、李将軍は通りの真ん中で群れられるのも迷惑だと考えたのだろう。
「ほれ、皆の衆は散った散った!」
李将軍は野次馬を強引に解散させ、あの二人連れに声をかけた。
「おい、お前さんたち」
呼びかけられて、ダジャがこちらを見る。
その時、頭巾の奥の顔がチラリと見えた。
浅黒い肌に、この国の人たちに比べて彫が深い顔つきで、雨妹は言葉のことと重なりやはり異国人だろうと確信した。
「なにか?」
ダシャは李将軍を警戒する様子で、静を背後に隠す。
あれは李将軍だとわかっていてやっているのか、それとも知らない熊男を恐れてのことなのか、どちらだろうか?
警戒心を露にするダジャに、李将軍が「やれやれ」と息を吐く。
「なにかっていうか、お喋りは場所を移してやってくれ、往来で迷惑だ。
それにアンタは異国人か?
何用で都へ来たのか知らんが、困っていることがあるなら聞くぞ?
これでも俺は兵士の偉いさんでな、困っている旅人を助けるのも仕事だ」
李将軍の言葉がうまく聞き取れないのか、ダジャが首を捻るのに、静が小声で耳打ちする。
どうやらわかりやすく言い換えてやっているようだ。
「ねえ、聞いてみよう?
確かに偉そうな格好をしているし、知っているかも」
「む、だが……」
これまで説教されていた静が、今度は会話の主導権を握ったように、ダシャになにごとか促している。
衛将軍の李をつかまえて「偉そう」呼ばわりとは、二人はやはり李将軍という存在を知らないと見える。
都に初めてきた都の素人ということで、雨妹はなんだか親近感を感じた。
「あの、迷うにしても、とりあえず場所を移動しませんか?
もしかして、目立ちたくないのではありませんか?」
ものすごく目立ってしまって今さらな気がするが、雨妹は二人のやりとりに口を挟む。
「……!?」
これに、ダジャがギロリと雨妹を睨んでくる。
どうやら余計な指摘をしてしまったようだ。
「おい、どういうこったい?」
李将軍が問うてくるのに、雨妹は小声で答える。
「あちらの小柄な方は、大人の男に見えるような格好ですけど、たぶん女の子で、しかもまだ子どもなんじゃあないですかね?」
そう、静をよく見ると体格や顔つきがまだ子ども、しかも女の子のそれなのだ。