211話 春節が終わって
※注意:徐子の名前を許子に変更しております。読み方は同じ「シュ・ジ」です。
春節が終わった都では、春を思わせる花や装飾が通りを賑わせていた。
厳しい寒さがまだまだ続く気候でも、春節を過ぎれば春なのだ。
――春が待ち遠しいのは、辺境も都も同じなんだなぁ。
お使いで宮城の外に出た雨妹はこの光景を眺めてそんな感想を抱きつつ、のんびりと歩いていた。
都では雪がそこそこ積もるが豪雪というわけではなく、そのあたりは辺境とは違う景色である。
辺境の雨妹がいた里では、乾燥するために雪はそうそう降らず、ひたすらに寒いだけなのだ。
けれどちょっと山の方に移動したらとたんに豪雪地帯になるという、極端な土地なのが辺境である。
ちなみに本日雨妹が外に出たのは、明の屋敷を訪ねるためであった。
そこに滞在している許子の様子伺いと、いよいよ彼女に下賜される屋敷が決まったため、そこを覗いていこうという目的だ。
このお使いは、雨妹が許を気にしていることを楊が気遣って用意してくれたもので、今はその帰り道であった。
――っていうか、元人気宮妓の新婚生活に、楊おばさんも興味津々なんだろうなぁ。
雨妹はそんな風に思う。
『相変わらず、物見高い奴らだな!』
家主の明には苦々しい顔をされたが、後宮の女は目新しい話のネタに常に飢えているものなのだから、諦めてほしいところだ。
ところで、これはお使いなので、もちろん同行者がいる。
「いやぁ、街も少しは静かになったか?」
雨妹の隣でそう言っているのは熊、もとい李将軍である。
雨妹としては、門前で待ち構えている姿を見た時には「またか」と脱力したものだが、李将軍が出張ってきたのは、おそらくは最近の時世も関連しているのだろう。
なにせ先だって、皇帝が苑州への進軍を宣言したのだ。
進軍理由は苑州が東国の手に堕ちようとしているため、「外敵を押し返して国土の平穏を取り戻す」というものだった。
後宮でも色々な噂話が飛び交っていたのだけれども、雨妹は例のケシ汁の出所が東国だったのではないか? と怪しんでいたりする。
ケシ汁による薬害を東国からの先制攻撃だと考えるのならば、国の面子としてこうなるのも無理からぬことだ。
そのため、通りでも久しぶりの戦の気配に浮足立つ者と不安顔をする者と、様々な人々が見られた。
李将軍は雨妹の供にかこつけて、こうした様子を観察しているに違いない。
――まあ目立つ人だから、普段一人でフラフラしていると皆を妙に不安にさせちゃうもんね。
雨妹としては戦争をしなくて済むならばしない方がいいと思うが、「やられっぱなしで放置すると相手を増長させる」という意見もわかるので、難しいところだろう。
そんな物騒な話はともかくとして。
「許さんも元気そうでしたし、先のことが決まってよかったです!」
「そうだなぁ、これから頑張ってほしいもんだ」
雨妹が弾む声で言うのに、李将軍もしみじみと告げる。
許は明がかかっている医者に診てもらい、風湿病も順調に改善している。
それに恋人を亡くしたという話もそうではなかったと知れ、風湿病の大敵である心労が消えたことも大きいだろう。
今後をどうするのかというと、許は教坊の師範としての仕事と同時に、両親がやっていた店を恋人の朱仁と共にもう一度やるのだそうだ。
かつての店は色々取り扱ってはいたものの、主力商品は布地であったという。
許は皇帝から出た恩給を店の復興へ使い、まずは小さな店から始めるらしい。
朱が東の国境の里からの旅で出会った様々な行商人とのつながりも生かせるというし、許は後宮で高級品を頻繁に見たことで目が肥えたであろうから、きっと審美眼も鍛えられたに違いない。
雨妹も少しでも手助けになればと思い、佳には珍しい異国の布地があると教え、利民への繋ぎに多少頼りになるかと考え、自分の名前で一筆したためて渡しておいた。
許は両親のいた頃にも佳と取引をしたことがなかったらしく、朱と「もう少し暖かくなったら二人で行ってみようか」と話していた。
――いいね、新婚旅行だよ!
他人事ながらニマニマしてしまう雨妹だが、あのゴミ捨て場で果てようとしていた許がこうまで変わるとは、嬉しいものである。