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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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199話 琵琶師、徐子

 ビィーーン!

 琵琶の弦から響く音が、空気を震わせる。

 始まりは一音ずつ音が響き、次第に二音、三音と重なっていく。

 今、ここにはシュが奏でる琵琶の音だけがあるはずなのに、まるで背後に大勢の伴奏者がいるような、雨妹ユイメイはそんな風な錯覚を覚えた。

 徐が持つ木のバチが琵琶を激しくかき鳴らし、つい最近まで手が痛くて弾くのが辛い人だったとは思えない。

 そして、まだあれほど激しく弾くのに耐えられる手ではないはずだ。

 これはまるで、この後手が壊れてしまってもいいと言わんばかりに聞こえる。


「これが、徐子シュ・ジという琵琶師……」


そう呟いた雨妹は、ただ琵琶の音に聴き入っていただけだったのが、次第に何故だか涙があふれてきた。


 ――この人は、なんという人なんだろう。


 雨妹は、徐の琵琶とは彼女自身のためにある音ではなく、ましてや客をもてなすために奏でられるものでもないと、そんなことをガツンと思い知らされる。

 徐の琵琶は、きっとかつて家族と暮らしていた頃には、家族のために奏でるものだったのだろう。

 次いで恋仲になる相手が現れたら、その相手を想って弾いていた。

 その音に込められた気持ちが、聴く人々の心をくすぐり、彼らの内に奥底に眠っていた想いが共感という形で揺さぶられる。

 だからこそ、琵琶の音でこれほどまでに心を震わせられるのだと思う。

 そして今、徐は魂の全てをかけて恋人を愛しているのだと、琵琶の音で訴えかけてくるのだ。

 こんな気持ちに共感できる想いは、今の雨妹の中にはない。


 ――なんて羨ましくて、なんて苦しい生き方をしている人なんだろう。


 雨妹がぽろぽろとこぼれ落ちる涙を拭うことも忘れて聴き入っている隣で、ドゥが「ふぅ」と息を吐く音が聞こえた。


「ふむ、また琵琶の音に艶が増したな。

 小手先の技術の上手いか下手かは些細なこと。

 徐子はまさしく天性の琵琶師よ」


杜が目を細めてそう告げる。


「天性の、琵琶師」


この言葉を、雨妹は噛みしめるように呟く。

 雨妹はこれまで天才や天性というものを、ただその道を行く者として技術が優れているという意味だと考えていた。

 しかし違うのだ。

 これが天性というものならば、それは余人の価値観では計れない、天から与えられた力なのだと思う。

 先だって罪人となった宮妓のヂィエンとて、もしかすると琵琶師としての腕はそれなりに高かったのかもしれないが、この徐の琵琶と比べられたらたまらないだろう。

 建にとって、時代が悪かったとしか言いようがないかもしれない。

 まあそれでも、腐らずに我が道を行くこともできただろうから、やはり罪は罪なのだが。

 それに、と雨妹は考える。


 ――これのどこが葬送かって言う話だよね。


 これほどに恋い焦がれる音を聞かされ、冥界へと安らかに旅立てる人が果たしているものか?

 徐は口とは裏腹に、たとえ恋人が冥界へたどり着いていたとしても、なんとしても引き寄せてやるという執念を、琵琶の音に乗せているように聞こえる。

 葬送の琵琶なんて嘘っぱちにも程がある、と雨妹は言いたくなる。

 きっと徐も本当は恋人が死んだなんて信じてもいないのに、この諦めきれない気持ちと、手紙の事実を認めるしかない気持ちとが戦って、心が疲れてしまっての昨今の成り行きだったのだろう。

 それが今、開き直った徐は恋人を呼んでいる。

 徐の気迫の籠った琵琶の音に、この場に立ち会っている誰もが黙り込み、演奏の行く先を見守ろうとしていると。


「ほれ、あちらだ」


杜がそう声をかけてきて目線で示されると同時に、雨妹もそれに気づく。

 黙して立っている兵士たちの集団の中で、ミンの隣に立つ東が倒れたのが見えたのだ。

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