197話 色々あっているようです
刑部であれやこれやがあった後、陳はたびたび刑部に徐を診察に訪ねた。
というのも、どうやら徐についての「皇帝陛下のお言葉」とやらがあったらしいのだ。
徐は皇帝のお気に入りの琵琶師であったので、「再び彼女の琵琶の音を聴けるように力を尽くすように」ということらしい。
――まあね、お気に入り過ぎて、身分を偽ってまでして自分でスカウトに出かけて連れてきちゃったんだもんね。
雨妹はそのあたりの事情を聞いていたので「さもあらん」という心境だが、刑部の官吏たちは「徐がそこまでの重要人物だったとは!?」と大慌てのようだ。
このお言葉については、徐の背景の色々の事情のこともあるのだろうが、純粋に徐の琵琶を聴きたいというのが皇帝の本音だろうと、雨妹は考えていた。
そんなわけで、徐が早く回復するようにと、雨妹も何度か徐の話し相手のために陳と同行したが、徐の顔色がだんだんと良くなっているのがわかる。
宴席料理で弱っていた胃腸が元気になったこともあるだろうが、建のことが吹っ切れて心労が減ったのも原因だろう。
そして今は、亡き恋人のために葬送の琵琶を弾くという目標がある。
それを叶えたいという意思が、今の徐の目には宿っていた。
その眼差しの強さに、雨妹は「これが皇帝陛下が惚れ込んだ琵琶師か」と実感したものだ。
ごみ捨て場でボーッとしていた時とは大違いである。
刑部の許可が出たことで徐が滞在する部屋に愛用の琵琶も持ち込まれ、時折彼女の部屋から琵琶の音色が聞こえてくるそうで、それが官吏たちに密かに人気だという。
なにせ宮妓の音楽なんていち官吏が普段聴くことができないものなのだから、人気になるのも無理はない。
けれど徐は陳から琵琶を弾く時間を制限され、それを守るようにときつく言われている。
せっかく治ってきている手の炎症を、琵琶の練習で再び悪化させたら元も子もない。
ほどほどにすることが大事なのだ。
そんな風にして時が流れ、いよいよ冬の寒さが厳しくなってきた頃。
建の罪が確定して身柄が都の外に移されたことと、その建に辣椒粉を渡した人物が捕まったことが、雨妹は立彬からの手紙で知らされた。
この二つの事件は百花宮内でもすぐに情報が流れてきて、宮女たちの間でも大変な騒ぎで、食堂でもこの話で持ち切りだ。
もちろんケシ汁煙草のことは伏せられており、この二人の罪は「宮城内を騒がせた」という曖昧なものになっている。
それでも「これはあちらこちらの宮で大がかりな人事異動が行われたことと、なにか関連があるのではないか?」という噂になっているのだ。
そう、なんとケシ汁煙草が一部妃嬪の宮で見つかってしまったのだ。
雨妹が宮女たちのお喋りで聞いた話によると、夜中に密かに宮城を出て尼寺に向かった妃嬪がいるとか、なんとか。
このあたりはあくまで噂話なので真実かどうかは定かではないが、宮で見つかったとなると、宮の主にもなにかしらの影響があるとみなされることだろう。
――こういう場合、ないっていうことを証明するのは難しいんだよね。
雨妹は一人で汁麺を食べながら「う~ん」と唸る。
なにせ前世のように「科学的に鑑定する」という手段がとれないので、周囲の証言と本人の信用性が全てなのだ。
それに皇太后や皇后、四夫人などの大物の周囲は静かなものらしいので、下位の妃嬪が狙われたのかもしれない。
しかし、それでは楊がさぞ大忙しなことだろうと、雨妹は同情する。
前の冬のインフルエンザ騒動による人手不足を十分に補えていないのに、再びの人手が減るかもしれない騒ぎだ。
――いや、もしかしてこれを機に妃嬪の数を減らす気とか?
いくら下位とはいえ、宮があればそれだけ人手がいるし、目が届かない場所が増える。
一度不祥事を起こした宮は以後も起こさない保障はなく、宮城側はそうした危険のある宮をこの際に一掃するつもりなのかもしれない。
こんな感じで雨妹が華流ドラマ脳を巡らせていると、やがてとうとうその日が来た。
事件の関係者が処罰されたことでひとまず安全だろうとみなされ、徐が刑部から出て、亡き恋人の弔いをすることとなったのだ。