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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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192話 徐と建

建青ヂィエン・チィンよ、一番の弾き手であると思うのであれば、どうしてそこで転がっているんだい?

 一番の弾き手とは、一番琵琶を弾いている者のことだ。

 そこで転がっていては練習なんてあったもんじゃないね」


窓越しに見下ろすシュに、建の暴れぶりが激しさを増す。


「なにを言うか!?

 それもこれもお前のせいだろう!?

 誰もかれも、私を馬鹿にした目で見て、私を認めない!

 私がどんなに上手く弾いてみせても、徐子ならばもっとできる、徐子なら、徐子なら、徐子なら!?

 みぃんなお前のことばかり贔屓する!

 どうせ認められないのならば、琵琶を誰よりも練習することになんの意味がある!?」


そう叫んで憎々しそうな目で徐を睨む建に、雨妹ユイメイは「なるほど」と一人納得する。


 ――建さんなりに、練習したくない理由があったのか。


 建は教坊の中が敵ばかりで、徐を贔屓する集団に見えたのだろう。

 けれど建のこの意見に、徐は呆れ顔をしてみせた。


「そんなの、アタシの方がずっと長く宮妓をやっているんだ、アタシの琵琶の方が皆にとって耳馴染みがいいってだけの話だろう?

 人は新しいものに慣れるのに、時間が要るものなんだよ」


 ――それも確かにそうかも。

 

 徐の言葉に雨妹は頷く。

 前世でもそうだったが、どんな場所でもたとえ優秀な能力の人が入ってきて「これこれこうした方がもっといい結果が出る」と提案してきたとしても、それまで慣れたやり方を続けてきた集団にとって、受け入れるのに抵抗があるものだ。

 それで言えば、教坊では今は徐の琵琶の音や手法に慣れていて、他の弾き手も合わせやすかっただろう。

 しかしその徐だって、最初は慣れていない新人から始めたはず。

 誰だって、最初からなにも躓かずにいられた人なんていないのだ。

 さらに徐は話を続ける。


「アンタが自分のことを一番の弾き手であると思うならば、誰がなんと言おうと堂々としていればいいし、自らの力で陛下の御前に出たのだと胸を張っていればよかったじゃないのさ。

 そんなまやかしの力に頼らずとも、建青、アンタにはそれができたはずだ。

 少なくとも、アタシはそう思っていたよ」


そう語る徐は、とても悲しそうな目をしていた。

 徐の言葉を聞いた建は、髪を振り乱して首を横に振る。


「……嘘だ、嘘だ! アンタはいつだってアタシを詰って、馬鹿にしていた!」


「詰るなんて人聞きの悪い。

 もっと上を目指せるだろうって思って課題を示していたんじゃないか。

 アタシは出来ないヤツに無理難題を課したりなんて、無駄な真似はしないよ。

 事実、なんだかんだでアンタはアタシが言ったことをこなしてみせたじゃないか」


建の反論に、徐は冷静に事実を告げる。

 どうやら建は自分に甘い人であっても、出された課題はなんだかんだでこなしていたらしい。

 自発的にはやらないけれども言われたらやる、と言う性格の人はどこにでもいるものだ。

 徐はそれを見抜いてあれこれ言いつけを出していたが、彼女の方はそれを嫌がらせとしか考えていなかった。


 ―― 師弟で、とことんすれ違っていた二人だったんだなぁ。


 徐の方も、もしかしたら言葉が足りなかったのかもしれない。

 なにせ彼女自身も父親の店が潰れるまではお嬢様育ちで、苦労知らずだったのだから、そのあたりのやり方に疎かったとしても無理はない。

 建の周囲に二人の間に入って繋いでくれるような人物がいれば、また違ったのかもしれないが、残念ながら建は教坊でも浮いていたということだったので、拗れを修復できなかったのだろう。


「うそだ、嘘だ嘘だ!」


建は今さらそのようなことを認められないのか、そう叫んで床に額を打ち付け出した。


「止めんか! 誰か鎮静薬を早く持ってこい!」


官吏が建の自傷をやめさせようとしている中で、建は叫び続けた。


「私は、わたくしはこのような場所にいていい人間ではないのよ!」


建はかつての言葉遣いなのだろう「わたくし」を口にして、鬼気迫る形相だったその目からポロリと涙がこぼれ落ちたのが見えた。


「わたくしはただ、幸せになりたかっただけなのに、どうして誰も助けてくれないの、どうして……!?」


最後の叫びは、おそらく建の心からの叫びだったのだろう。

 先日の悪口を並べただけのものと違って、雨妹の心にも届くものだった。

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