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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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191話 宮妓、建青

「やはりお前か、その声は間違わないわ!」


例の宮妓はそう叫びながら掴んだ部分をガタガタと揺らし、窓を壊してこちら側に抜けようとしているように見える。


「なにをしておるか、大人しくせよ!」


しかしすぐに追いかけてきた官吏たちに捕まってしまい、窓から引きずり離される。


「はなせ、離せぇ!」


建青ヂィエン・チィン……」


床に引き倒されてもなお暴れる彼女の姿を見て、シュが悲しそうな顔をする。

 どうやら建青というのが、彼女の名前らしい。


「ここは安全な場所ではなかったのか?」


その様子を見ていた立彬リビンが思わずそう零すのに、見張りの彼が真っ青な顔をしている。


「えっと、こちらの様子はあちらから見えなかったはずなんですが、どうして……!?」


驚愕の表情を浮かべた彼の話だと、どうやら建を移動させる動線と徐の居場所を分けていたはずなのに、移動の途中で建がどういうわけか、こちらに徐がいることを察して脱走したようだ。

 これを聞いた立彬が、「ふ~む」と顎を撫でる。


「あの言い方だと、もしやこちらの声が風に乗って聞こえたのではないか?

 それであってもずいぶん耳がいいことだ。

 さすがは楽師といったところだろうが、才能の無駄遣いだな」


「そうですねぇ」


立彬が後半をため息交じりに告げるのに、雨妹ユイメイも同意してしまう。

 それにしても、どうして官吏たちは建を逃がしてしまったのだろう? あれほど弱った彼女に、官吏たちを振りほどける力が残っているとは思えないのだが。

 雨妹が不思議に思って彼女の背後に注意を向けると、なんだか大騒ぎでバタバタしている音が聞こえてきて、うめき声が聞こえてくる。


「あちらは、なにかあったんですかね?」


「おだやかじゃねぇなぁ」


雨妹が思わず告げたのに、チェンが眉をひそめる。

 やがて建は官吏たちから厳重に縄でぐるぐる巻きにされてしまい、自分で歩けなくなっていた。

 それでも彼女は身体を跳ねさせるようにして暴れ続けており、徐を睨みつけている。


「おまえぇ……! お前のせいで!」


そう喚く彼女は、前に見た時とはさらに容貌が変わっていた。

 青白くやせ細った身体に目だけがギョロギョロしていて、まるで幽鬼のようだ。


 ――日数からして、あの人からそろそろケシ汁の影響が抜けてもいい頃なんだけど。


 それにしては、未だにケシ汁の影響が建を支配しているように見受けられる。

 もし元々がああいう性格だったのであれば、危険人物とみなされてそもそも宮妓になれていないはずだ。

 徐の話から推測するに、建のケシ汁使用は長期であるようだが、彼女がケシ汁に影響されやすい体質だったのか、一度に使用する量が多かったのか、とにかくいまだケシ汁の症状が彼女を襲っているようだ。


「お前が私を嵌めたのでしょう、自分が落ちぶれたからって、私に嫉妬したんだ!

 私が一番の弾き手なのに、年増はもうお呼びじゃない!」

叫び続ける建にもう喋らせまいと、官吏たちがその口に布を噛ませようとしているが、暴れるせいで上手くいかないでいる。

 どうも対応している官吏が暴れる相手を拘束することに慣れていないからだろう、建を上手く抑えられないでいるのだ。


 ――慣れている人になにかあったのかな?


 犯罪者を扱うのが日常の刑部の官吏が、拘束術に慣れていないのはおかしなことだ。

 よく見れば建を押さえているのは若者だった。

 雨妹たちの見張り役の彼よりは年上だろうが、それでもとっさの事態を収めるにはまだ力不足であろう。

 その見張り役の彼が、徐をいたわるように声をかけていた。


「あの、お気になさらず。

 あの人は四六時中ああして悪態をついて、官吏たちを辟易させているのです」


建はどうやら毎日あの態度が一日中続いているようだが、それでは彼女もさぞ疲れるに違いない。

 徐は彼の言葉を聞くと「そうなのかい」と呟き、建が見える窓に一歩近づいた。


「あ、危険ですので近くには……!」


「大丈夫、ここまでだ。

 少し話をするだけさ」


彼が慌てて下がらせようとするのを、徐は手を上げて制した。

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