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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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183話 徐と彼女

 平民の娘が身分というものに疎くて夢を見るのならばともかく、彼女は豪族の娘ならば、身分のつり合いというものをわかっていたのではないのだろうか?

 それとも己の身分が宮妓であるということを、未だによくわかっていないのかもしれない。

 彼女を憐れんだ皇帝が後宮で保護してくれた、くらいに考えているとしたらあり得る話だ。


「そんな夢を見る暇があるなら少しでも琵琶を弾いていろって、アタシは思うんだけどねぇ。

 まあ聞きゃあしないよ。

 それにあの娘は小手先の技は確かにうまくなったろうけどね、なんていうか上っ面だけなんだよ」


シュ曰く、彼女には琵琶の音そのものの張りや、感情を感じさせる音色というものが全くできていないのだそうだ。


「あの娘は覚えがよかったから、ちゃんと修練を積めば一流の琵琶弾きになれるだろうけれど、どうにも根気がない。

 ちょっとできたらすぐ満足して、それを極めようという気持ちがないらしいんだ。

 お媛様の習い事ならばそれでいいんだろうけど、宮妓っていうのはそれじゃあいけない」


 宮妓たちはお偉方の目に留まることで、立場がガラリと変わるのだという。

 そして目に留まるためには、己の宮妓としての腕前を磨くことのみなのだ。

 それを怠ると、すぐに他者に追い抜かれることとなる。

 そうなると底辺暮らしどころか、役立たずだと認定されて宮妓としての身分を失ってしまう。

 宮妓でなくなるということは、妓女になるということであり、そうなると宮女もやらないような過酷な労働が待っている。

 そう、彼女が宮妓として働くことを拒否していたら行きついたであろう身分だ。

 向上心は、宮妓であり続けたかったら持っていなければならない気持ちなのだという。


「けどね、あの娘にそのことをくどく説いても無駄だった。

 何故って、アタシの琵琶の腕が落ちてきていたからさ」


 徐が悲しそうな表情でそう告げる。

 ちょうどその頃から徐は風湿病を患い始め、以前のように弾けなくなっていたそうだ。

この徐の衰えも、彼女を増長させる一因だったらしい。


『徐子よりも私の方が、完璧に曲を弾ける』

だから自分の方が優れているのだと、彼女は主張していたそうだ。

 しかし徐には琵琶が弾けずとも作曲という才能があった。

 そちらの腕も高く買っていた教坊は、徐が琵琶を弾けなくなってもなんら問題なく、教坊に琵琶の師範として残って曲を作り続けることを期待してくれていたそうだ。


「ほう、師範であれば屋敷を賜ることができるだろう。

さらにはそれだけ才能を買われているのなら、皇帝陛下からの褒美による宮妓の身分からの解放も望めるな」


「そうなんですか?」


男が述べた内容に、雨妹ユイメイは相槌を打ちながら目を見開いて感心する。


 どうやら教坊の師範とは、宮妓としては大出世であるようだ。

 一芸で宮城入りした身分であるので、尼寺行きか、皇帝からの下賜による婚姻でしか解放が叶わない妃嬪と違って、そうした方法で宮城の外に出ることができるらしい。


「……商人の娘でしかなかったアタシには、身に過ぎたことさ。

 けど弾けずともまだ、あの方を待つ場所があったことが嬉しかった」


 そう話す徐の表情は柔らかい。

 徐にとっては出世よりも、ただ恋人を待つ時間が残されたことが大事だったのだろう。


 一方で、徐の師範への出世の話を聞いた彼女が不満を爆発させた。

 自分はどんどん立場を落としているのに、弾けなくなっている年増の宮妓である徐が何故チヤホヤされるのかと、目を血走らせて上にたてついたそうだ。


『作曲がなんだっていうの!?

 あのくらい私にだってできるのに、ただそちらが徐を贔屓して使わないだけでしょう!?』


そう喚いた彼女だったが、残念ながら彼女と同意見だと言う仲間はいなかった。

 このことで彼女は孤立し、さらに意固地になっていく。


「けどね、ある日急にあの娘の琵琶の音が変わったんだ」


徐が目を伏せてそう告げる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2日前に作品と巡り合い、夜更かしで一気読みしました。 面白い!雨妹のオバチャン的なお節介に人々や事件が引き寄せられていく、テンポがよくてサクサク読めました。立勇と雨妹が恋愛展開になっていな…
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