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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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180話 徐の吐露

 それにしても泣き笑いとはいえ、シュからこれまでの嫌な嗤い方とは違った表情を引き出すとは、その恋人は本当に徐にとって大切な人だったのだと思わされた。

 徐は言葉にしてより気持ちが定まったのだろう、涙をぬぐうと、強い視線で雨妹ユイメイを見る。


「教えておくれよ、どうすればこの指がもっとマシに動くようになるんだい?」


やっと徐からこの言葉を聞けて、雨妹は微笑を浮かべると彼女の前に跪き、その手を己の手で包む。


「徐さんから『治したい』という意思を示してもらって、とても嬉しいです。

 病とはなんであっても、まずは本人の治りたいという意思があってこそ、治療がなるのですから」


雨妹が徐の手をさすりながら述べるのに、彼女は顔をくしゃりとさせてから頷く。


「アタシは治したい、そして琵琶を弾きたい……!」


声を震わせて「弾きたい」と言った徐に、雨妹は「ああ、やはり」と思う。


 ――諦めて投げやりになっている演技をしていただけで、本当はずっと琵琶を弾きたかったんだ。


 己が情熱を傾けたものを、人はそんな簡単に捨て去ることができるはずない。

 きっと徐は琵琶で両親の役に立つとか、恋人のためとかいう理由の前に、琵琶を弾くのが好きなのだろう。

 雨妹は徐の目を覗き込むようにして、言葉を紡ぐ。


「ええ、弾けますとも。私が診たところ、徐さんの風湿病はまだ軽度です、きちんと治療すれば完治もあり得ます。

 まずは医局で診察をしてもらって、お薬を貰いましょう」


「……わかった」


雨妹の提案を、徐は素直に了承した。


 ――やっとだよ、困った人だなぁ。


 こうまで追い詰められないと治療を受け入れないとは、内面が色々と屈折していると見える。

 教坊側もさぞかし困ったことだろう。

 彼らとて、きっと徐が風湿病であるのではないかという疑いくらい持っていただろうに。

 なにしろこれは手先を酷使する職業の女性によくある病なのだから。

 雨妹と徐の話がまとまったところで。


「治療を受けるためには、まず刑部から出る必要があるな」


ここまで静かに見守っていた男が、そう口を挟む。

 そう、雨妹の話が済んだのならば、次は刑部の話の番だ。


「徐子よ、本当のことを話すか?」


徐は雨妹が包んだままの手を、ぎゅっと握りしめる。

 雨妹もその手を握って励ますように気持ちを込めると、放して立ち上がり立彬の隣に下がる。


「……わかった、話すよ」


徐は決意したようにまだ涙でぬれた目に力を込めて、男を見上げる。

 そして、教坊での出来事について話し出した。


「どうせ調べていると思うけどね、アンタたちが捕まえた娘は、宮妓としてやって来た頃からアタシが面倒をみていた娘だったんだ」


捕まえた娘というのは雨妹が刑部に来て覗き見をした、徐の妹分だというあの取り調べられていた宮妓女のことだろう。

 彼女は徐と違いどこぞの豪族の娘で、家がしくじりをして取り潰しになったことで宮妓として買い取られ、宮城へとやってきたそうだ。

 それまで蝶よ花よと大切に育てられていたらしく、非常に気位が高く宮妓である身分をなかなか呑み込めないでいたという。

 しかし、そんな立場であるのはなにも彼女だけではない、他の宮妓だって似たり寄ったりの経緯でやってきているのだ。

 あまり騒がれると他の宮妓たちに影響が出ることを、教坊側は心配していた。

 彼女が頻繁に脱走を図る問題児と化してしまい、他の宮妓に示しがつかなくなっていた時、当時宮妓暮らしがそこそこ長かった徐がその娘の世話を頼まれることとなる。

 なんとか改心させなければ宮妓を首になり、その下の奴婢に堕ちることとなってしまう。

 奴婢は罪を犯した者の苦役であることが常であり、最底辺の身分になるということなのだ。

 徐は不幸な女を増やすのは憐れだということで、その頼みを受け入れた。

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