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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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175話 徐の恋人

 ドゥの話によると、シュの父親が商売で出かけた先で危ない所を兵士に助けられ、その礼をしたいと宴席に招かれたその兵士の部下として供をしたのが、徐の恋人であったのだそうだ。


「そしてドォンとやらだが、明が言うには音楽に興味があるようでな」


どうやら東は雨妹ユイメイが言った「音楽を聴いてみるといい」という提案を実行しているらしく、出かけては流しの琵琶師を聴き歩いているらしい。

 だがどの琵琶の音を聴いても「もっといい音がある」と首を捻るのだという。

 ミンは兵士なのに琵琶に拘りがある東に、よほど妓館に通って耳を肥やしたのか? と思ったそうだが、杜は違う可能性がすぐに閃いたそうだ。


「言うたであろう?

 徐の琵琶に聴き慣れてしまうと、他の琵琶師の演奏など児戯のようだと」


徐の琵琶の音を最も近くで聴いたであろう恋人であればなおさら、流しの琵琶師の音がまさに子供のお遊びのような拙さに聞こえたことだろう、と杜が語る。


「あやつの琵琶はいつまでも耳に残って離れぬ、ほんに困ったことよ」


杜がそう言って苦笑するのを聞いて、雨妹は眉を顰めた。


「なんだかその言い方だと、そのお方が徐さんの中毒みたいですね」


思わずそうボソリと零した雨妹に、杜が顎を撫でる。


「なるほど中毒か、そのようにも思えるかのぅ?

 ただ美しい琵琶の音であるというだけなのに、何故か悪者ほど魅了されるというのが、また厄介なことであるか」


そして杜がそう告げる。

 徐の琵琶を聴いたものは、その音色に夢中になると同時に価値を見出し、己が財産にしようとする。

 それでは徐自身が、まるで人を惑わす麻薬のようだ。

 いや、正確には、周りの欲をかいた大人達が、彼女の素晴らしい琵琶の音色を麻薬にしてしまった。


 ――いやいや、徐さんが害にしかならないケシ汁煙草と同じ存在だなんて、あるはずないじゃない!


 だが、雨妹はすぐにそう自分の考えを打ち消す。

 徐自身は純粋に琵琶が好きで、身近な人に褒めてほしくて頑張って練習したのだろう。

 けれどそんな純粋な徐の気持ちは、悪い大人たちに踏みにじられたのだ。

 徐はもしかするととうの昔に、自分から大切な全てを奪った琵琶のことが嫌いになっていてもおかしくはない。

 けれど恋人の存在が、辛うじて琵琶と繋げていたのかもしれない。

 恋人と会えないままどれほど月日が流れても、琵琶の音色で自分を見つけてくれるはずだと信じていたと考えるのは、雨妹の夢見過ぎだろうか?

 しかし恋人が死んだと知らされ、徐は琵琶を続ける目的を失ってしまった。

 けれど、その恋人がもし生きていたら? そうなると徐の琵琶は、再び彼女に意味をもたらすものになり得るだろう。

 だが問題は、その東が本当に徐の恋人の男なのか? という点である。


「杜様は、東さんが徐さんの恋人の方であると思いますか?」


雨妹の率直な問いに、杜は難しい顔になる。


「わからん。なにせ我はその男を知らぬゆえな。

 それに長い戦地暮らしで、容貌も変わっていることだろうて。

 かつての知り合いが見ても気づくかどうか……」


「それは、確かに」


雨妹もそう言って唸る。

 聞けば恋人と離れ離れになって十年であるらしい。

 十年は人を外見も内面も変えるのに十分な期間だ。

 恋人だった男は、そもそも徐を捨てて他の女に走ったかもしれないし、それこそ本当に戦地で死んだかもしれないし、「戦場こそが己の生きる場所!」と思って戦地に居座っているかもしれない。

 色々な可能性があるし、その中で「徐をいつまでも思って帰ってきた」という可能性は、他と比べるとごくごく細い可能性である気がする。

 そう考えると自然に眉が下がる雨妹に、杜が告げる。


「だがもし東とやらが徐子の恋人ではなかったとしても、その者の記憶を取り戻させることは必要だ」


杜によると、詳しくは言えないようだが、国境のあたりが少々キナ臭く、東はなんらかの事件に巻き込まれて記憶を失くしたのではないかと考えているという。

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