172話 再びの
雨妹がそんな風に推理を繰り広げてみたところで、今のところ自分にできることはない。
そして刑部で色々やっているうちに時間が過ぎてしまい、立彬のおかげで迷子にならずに帰れた時は、もう仕事を終える時間だった。
――今日も掃除が捗らなかったなぁ。
事情があったとはいえ、本来の仕事ができていないのは問題である。
「明日こそは掃除をするぞ!」と意気込みながら宿舎に戻る雨妹を、待ち構えていた人物がいた。
日当たりの良い場所に卓を出してお茶を飲んでいたのは、あの皇帝そっくりさんな宦官、杜だった。
隣には楊もいる。
「おお雨妹よ、戻ったか」
杜が雨妹の姿に気付いて、気軽に手を振ってくる。
――なんてちょうどいい時に来る人なんだろうね?
もしや、全てを分かってああしているのかもしれない。
雨妹はあり得る話だと思いつつ、そちらに近寄っていく。
「お久しぶりです、杜様。
このようなところでどうされたのですか?」
雨妹は挨拶をしながら、手っ取り早く目的を尋ねる。
お偉い人との話し方としては、色々な話題を振りまきつつ遠回りをして核心の話を聞くべきなのかもしれない。
けれどもうじき夕食の時間であるので、ハラヘリ雨妹としては早く話を終わらせたいのだ。
率直に聞かれた杜は、特に気分を害した風でもなく「そうさな」と応じる。
「聞いたぞ、教坊でのゴタゴタに巻き込まれて刑部にまで出張ったらしいなぁ」
そしてあちらもズバリと言ってきた。
「杜様、お耳が早いですね」
つい今しがたの出来事だったのに、その情報を掴んでこうして待ち構えているとは、さすがの情報網である。
「刑部の方が詳しい話が聞きたいとのことでしたので、協力してきたところです。
まさか宮城見物をできると思わなかったので、私としては幸運でしたね」
雨妹は刑部に無理やり連れて行かれたと思われるのも刑部側に悪い気がしたので、自らの欲望をペロッと話す。
「ほほう、そうか。
刑部は基本、関係者か犯罪者しか入れぬ場所ゆえ、自慢できることであるぞ?」
雨妹の言い様が面白かったらしく、杜がにこやかな笑顔でそう言ってくる。
「刑部に入ったことを羨む者が、どのくらいいるものかねぇ……」
杜の隣で、楊がそんなことをぼやく。
雨妹としては他人に羨まれなくても構わず、ただ自分の欲望が満足すればいいのである。
「結果を言うと、悪い人はちゃんと捕まったみたいでよかったです。
悪臭の元も刑部が全部回収していったようなので、教坊の仕事を嫌がっていた人たちもいなくなるんじゃないですかね?」
雨妹はそう楊に向かって説明する。
「その点はよかったよ」
楊がホッとした顔になった。
冬のインフルエンザによる人手不足は未だ解消されているとは言えないので、この人手が偏る事態に頭を痛めていたに違いない。
「それにしても、これまでなんで悪臭のことを報告しなかったんですかね?」
雨妹はふと浮かんだ疑問を口にする。
「臭くて仕事にならない」と言えば、ケシ汁のことまで追及できたかはわからないが、悪臭の元を取り除くことはしてもらえただろうに。
「それはきっと、『高価な香料の匂いだ』とでも言いくるめられたのだろうよ」
この疑問に答えたのは杜だった。
「香料の中には、素がとんでもなく臭いものもあるからのぅ。
臭いと文句を言っても『それがわからぬ田舎者よ』と馬鹿にされては、それを他人に言えなかっただろうさ」
「なるほど、そうかもしれません」
杜の話に、雨妹も納得する。
さすが大勢の女と付き合っている男の言う事は説得力があった。
「ところで、徐子はどうであったかな?
落ち込んで妙な考えを抱いてはないかと、少々心配しておったのよ」
杜が話を変えてそう問うてきた。
どうやらこれが聞きたくて、待ち構えていたらしい。
雨妹はなんと言うべきかと、一瞬迷う。
もしかすると皇帝相手には、悪い話は耳に入れないようにされているのかもしれない。
だが本当のことが聞きたくて、わざわざ杜の姿でここまでやって来たのだろう。
雨妹はそう考え、素直に現状を話す。
「まさに妙なことを考えてしまって、『自分が全部悪いから罰してくれ』なんて刑部の人に言っちゃってます」
「なんとまぁ……」
杜は半ば想像できていたのか、「やはり」という顔でため息を漏らした。




