171話 問題はどこだ?
雨妹は先程の徐の話を思い出しながら、口を開く。
「徐さんが確認したのって、遺髪だけなのでしょう?
言ってはなんですが、恋人の方が死亡したという証拠としては薄いのではないですかね?」
もちろん、その恋人が本当に亡くなったので、本人の生前の希望から届けられたという可能性もあるが、そうではない可能性だってかなり高い。
なにせ前世と違い、その遺髪のDNA鑑定なんてできないのだ。
その前世でも、戦争で亡くなった人の遺骨が実は別人のものだった、という話がたまに聞かれたものだ。
かつては届けられたものをそう信じるしかなかったが、DNA鑑定の技術が確立されて、初めてわかった真実というものである。
「その遺髪って、どういう風にして徐さんに届いたんですかね?」
雨妹は尋ねつつ首を捻る。
ただ人伝手に届けられたのか、それとも共に戦った兵士仲間の手で届けられたのか、それによっても遺髪の重要度が変わってくる。
この疑問に、立彬が応じる。
「話から想像するに、その恋人とやらが一人で旅立ったのなら、国境に徐の知り合いがいたとは思えん。
それに百花宮にいる徐に外部の者とは外出許可でも下りない限りは会えないのだから、届けるのに適した手段は手紙だろう」
立彬のもっともな推測に、雨妹も「やっぱりそうか」と同意する。
「誰からともわからない人からの死亡の知らせって、ますます信用ならないじゃないですか、それ」
雨妹はしかめっ面で言うのに、立彬も思案気な様子で頷いて言った。
「確かに、そうした問題はあるな。
よほど信頼のある見知った者から届けられたのならばともかく、そうでないならば、髪なんてものはどうとでもなる」
都や大きな里であれば役所が死亡した人間の記録をとっているが、田舎になるとそのような記録を残すことはない。
ただ口伝いに「誰それが亡くなったらしい」という話が広まるだけである。
雨妹が育った辺境でもそうだったので、国境のような危険地帯であれば、余計に死者の扱いは曖昧だろう。
立彬曰く、実際にそうしたあやふやな死亡届で間違いが発生することが、たまにあるらしい。
ある人物が死んでくれると自分にとって都合がよかったりして、用事があって遠くに旅立った隙に「実は事故に遭って」と遺髪を渡して、その人物を死者にしてしまうのだ。
髪なんて、自分の髪のバレない内側のあたりを切ってしまえばいいのだから。
死人にされた者が帰ってきて「自分は生きている!」と主張したところで、後の祭りというわけだ。
そうなるとますますもって、役所が検分して死亡を認めたのであればともかく、会ったこともない自称友人からの死亡の知らせなんて、どれ程の確実性があるというのか?
――なんで信じちゃったの、徐さん!?
それとも、十年も待つのは辛過ぎたのだろうか?
なんとも言えない気持ちでいる雨妹に、立彬が話を続ける。
「死亡を捏造した場合を考えると、徐の恋人が死んでくれるとありがたい者がいたという話になるが。
ではどういう理由でか? という疑問が浮かぶな。
徐の周囲でそうしなければならない事情が、今のところ全く思いつかない」
立彬の言葉に、雨妹は「ふむぅ」と考える。
徐が百花宮に入った時点で、話にあった悪徳商人は手が出せなくなったのだし、その者が今更恋人をあれやこれやする必要はないだろう。
その恋人から不正を訴えられることを危惧したとしても、こういう言い方はなんだが、国境の争いで死んでしまうことだって十分にあり得るのだから。
そして徐とてその可能性を常に考えていたからこそ、恋人の遺髪を受け取って死んでしまったという話を受け入れたのだ。
では、遺髪を届けたのは一体誰で、なんのためなのか?
「その恋人さんに死んでほしい理由が、徐さん側ではなくて、出稼ぎに行った国境側にあったとか?」
「……時々鋭いな、お前は」
なんとか捻り出した考えに立彬がそう零すのに、雨妹はムッとして言い返す。
「時々とはなんですか、私の頭はいつだって冴えてますよ!
特に今日の献立予想は、匂いを嗅ぐだけで当てちゃいますから!」
雨妹が胸を張って自慢するのに、立彬が額を指で弾いてくる。
「それは冴えているのではなく、食い意地が張っているというのだ」
立彬にそうツッコまれ、雨妹は「そうかもしれない」と自分でも思うのだった。




