170話 お役に立てたらしい
部屋を出たところで、雨妹は男に問うた。
「なんか私、お邪魔しちゃいませんでしたか?」
結果として徐から事件に関する話をできないままで終わったので、雨妹としては必要な会話だったと思っているものの、申し訳ない気持ちになったのだ。
するとこれに、男がニヤリと笑う。
「いいや、そうでもない。興味のある話がきけた」
「そうなんですか?」
どこか満足そうな男の様子に、雨妹は目を瞬かせる。
徐の身の上話しか聞いていないのだが、それで今回の事件に関わりそうな内容があっただろうか?
疑問顔な雨妹の隣で、立彬が「あれか」と口を挟む。
「高価でそうそう手に入るものではない薬であるはずのケシ汁が、一体どこから入って来たのかという件だろう?」
立彬の言葉に、男が「そういうことだ」と頷く。
「徐の家族を嵌めたという商人、調べてみる価値がある」
そう告げる男が言うには、梗の都に数多の商人はいるが、百花宮の出入りが許されている商人となると限られてくる。
だがその商人たちは後ろ盾に守られ、ろくな情報が手に入らないのだそうだ。
そんな商人の中で、刑部で昔から目をつけている店があるのだという。
「宮城に出入りするような格ではなかったのに、突然出入り商人になって皇太后陛下周辺への出入りを許されるようになった商人がいてな。
商人の盛衰の速さはよく知るところだが、それにしても成り上がり方が異常に速かった」
そして百花宮に出入りできる店の数は決まっていて、新たな出入り商人が現れたということは、それまで出入りしていた商人がいなくなったということでもある。
もしやその中に、徐の実家の店があったのでは? と男は考えているそうだ。
「……なんだかそういうのって、下っ端宮女な私が聞いたらマズい話な気がするんですけど?」
いわゆる捜査情報というものをペロッと話された気がして、雨妹は思わずそう尋ねる。
これに、男は片眉を上げてみせた。
「同じ話を聞いたのだ、少し想像すれば分かることだろうが」
「はぁ」
男に簡単なことみたいに告げられたが、雨妹は前世で刑事ドラマものを視るのは好きだったけれども、推理が得意だったわけではないので、そっち方面の能力は大したことはないのだ。
徐の話も「悪い大人がいるなぁ」と憤慨しただけである。
「それにお前は危機感が欠落気味な顔をしているからな、不穏な話を聞いてコソコソするくらいでちょうどいいのではないか?」
さらには男にそんな風に言われてしまう。
――危機感が欠落した顔って、どんな顔なのよ?
雨妹はつい先だっては楊からも忠告されたばかりだ。
自分はそれほどまでに、のほほんとしているように見えるのだろうか?
雨妹が頬をムニムニと揉んでいると、立彬から「余計に間抜け顔になるからやめろ」と注意されてしまった。
雨妹はとりあえず用事が済み、男と別れて刑部を出た。
これから立彬に道案内されて帰るところだ。
雨妹は「う~ん」と大きく伸びをしながら、立彬に話しかける。
「刑部って、なんか肩が凝るところでしたねぇ」
「刑部が居心地がいいと言う輩は、かなり変わり者だろうな」
雨妹が刑部についての感想を零すと、立彬にそうコメントされた。
――まあ、そうかもね。
犯罪者の身柄を扱うお役所が、明るくて雰囲気が良くて入り浸りやすかったら、それはそれで問題だろう。
そんな話をしながら刑部からある程度離れたところで、雨妹は立彬に尋ねる。
「立彬様、最近なんだか東の地域と縁がある気がしませんか?」
これに立彬が「そうだな」と頷く。
「まさかという気もするが、明様が保護したという東の歳の頃は、徐と釣り合うか?」
やはり、立彬も明の厄介になっている東のことを考えていたらしい。




