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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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169話 大事な記憶

「なるほど、そういうわけでしたか」


シュの長い身の上話を聞いて、雨妹ユイメイは納得の表情を浮かべる。

 徐は死にたがっているのではないか? という雨妹の推測は当たっていたのだ。


「これでわかっただろう?

 アタシは両親を手助けするつもりで危ないことを呼び込んで、挙句恋人まで危険に晒して、自分だけのうのうと生きていたズルい女なのさ。

 あのまま飢え死にできるかと思ったのに、アンタに差し出された芋を食っちまうんだから。

 罪深い上に浅ましい奴なんだよアタシは」


徐が自嘲するようにそんなことを言う。

 雨妹は徐の言い方に眉をひそめた。


「生きようとするのは人間の本能です。

 本能で生きようとあがく行為は、決して浅ましくなんてありません」


少し強い口調で語り掛ける雨妹に、徐は予想外のことを言われたのか一瞬きょとんとした顔になる。

 しかしすぐになにか反論しようとするので、雨妹は畳みかけるように言葉を紡ぐ。


「家族のためにただ琵琶を奏でただけの徐さんに、なんの罪があるというんですか?

 やけになるのも分からなくないですが、真実を見誤ってはいけません。

 悪いのは徐さんの家族を嵌めた人で、徐さんは被害者です」


雨妹はそうキッパリと断言した。

 前世でもたまにいたのだ、事件や事故に巻き込まれての怪我で入院している患者で、「自分もなにか悪かったのではないか?」と自身の中に罪を見出そうとする人というのが。

 誰が見ても被害者であるのに、事後処理の煩わしさや、相手があまりに堂々と正当化してくる中で、己の立場がわからなくなってくるらしい。

 今の徐も、まさにそれだ。

 それに恐らくは失ったものが大きすぎて、その失って空いた穴を自身の力だけではどうにもできずに持て余しているのだろう。

 時間の経過と共に穴を上手に埋める人や、穴を見ないようにする人というのもいるが、徐はどうやらそうした時間の恩恵を受け付けられない質であるらしい。

 そして最後に決定打になったのが、国境へ出稼ぎに行った恋人の死の知らせであるようだ。

 雨妹の話に、徐は「でも」と口にするが、その続きの言葉が出てこないでいる。

 口を開けては閉ざしを繰り返す徐に、雨妹は屈んで牀に座る彼女と目を合わせた。


「徐さんの恋しいお方は以前から『自分が死んだら一緒に死んでくれ』と、そう仰っていたのですか?」


雨妹が責めるわけでもなく、ただ静かに問いかける。


「……そんなこと、言われたことがないね」


これに徐は戸惑い、しばし沈黙した後にそう漏らす。


「『一緒に死んでくれ』と言われた記憶はないのですね」


雨妹は徐の発言を確認する。


「では、彼とどのように語り合いましたか?

 なにかをしてほしいことがあると仰っていませんでしたか?」


「してほしい、こと……?」


徐が目を見開いているが、どうやらこれまでこのようなことを考えもしなかったらしい。


「思い出しましょう、大切なお方だったのでしょう?」


雨妹は徐にそう促す。


 ――最後の別れの光景だけを延々と繰り返して思い出すのって、切ないし不毛だよ。


 最後の光景が脳裏に一番焼き付いているというのは、わからなくもない。

 けれど恋人との思い出はもっとたくさんあったはずだ。

 徐が考え込むように顔を伏せているが、その表情は少なくとも仄暗い目をしていなかった。

 ここで、これまでの一連の流れを見守っていた男が口を開く。


「どうやら、本日の取り調べはここまでにしておいた方がよさそうだ。

 徐子シュ・ジの気持ちが落ち着いたところで、再び話を聞くことにしよう」


男がそう告げたことで、本日の徐の取り調べはお開きとなり、雨妹たちは一人思案に耽る徐を残して部屋を出た。

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