158話 宮城訪問
というわけで、雨妹は宮城へと連れられて行くことになった。
一旦掃除道具を片付ける雨妹を待ってもらってから向かうのだが、男が待つ場所に戻れば、男の他の刑部の人たちは誰もいなかった。
どうやら徐を連れて先に行ったらしい。
「で、どこへ行けばいいですか?」
「宮城だ、我々の敷地へ来てもらう」
問う雨妹に、男は短く言うとさっさと歩き出したのを、雨妹も追いかける。
――なんと、私ってば宮城に入れちゃうんだって!
その記念すべき初潜入場所が刑部というのは、いささか外聞が悪いのかもしれないが、そういうことは気にしない雨妹なのであった。
刑部の敷地は、宮城でも外れの方であるようだ。
これは刑部の仕事上、機密保持のために人の出入りの少ない場所を選んだのか? と雨妹は考えつつ、迷子にならないようにと男について行く。
建物に入り、異様にシーンと静まり返っているのに、たまに遠くから「アアァ!」という叫び声のような音が聞こえてビクッとしつつ屋内を移動し、やがてとある一室に入るように促される。
中は、一見したところ普通の部屋であった。特に怪しげな窓があったり掛け軸があったりはせず、なにがしかの怪しいものを期待していた雨妹としては、若干がっかりだ。
しかし、そんなことばかりに気をとられているわけではない。
「あの、徐さんはどうなってますか?」
ここまでついて来たそもそもの目的について、雨妹は尋ねる。
すると男は部屋の中にある卓に備えられた席に座り、「どうにもなっておらん」と告げた。
「あの後興奮状態でな、あのままでは冷静な話もできないので少々寝てもらった」
「そうなんですか……」
男の言葉を聞いて、雨妹は「う~ん」と首を捻る。
先程の徐はそれ程興奮しているようには見えなかったのに、どうしたのだろうか?
――やっぱり徐さんも中毒患者だったの?
そうであるなら悲しいと感じた雨妹に、男がチラリと視線をやる。
「どうやらどうしても己を犯人だと言い張りたいようだ。
それがお前が急にしゃしゃり出たものだから、早く自分が犯人だと断定して処罰を決めてくれと、煩くて敵わん。
刑部とは、そんな簡単に事が運ぶものではない」
こう話す男は、あまり徐を犯人だと考えていない口ぶりである。
「じゃあ、徐さんは無実ですか?」
雨妹が思い切ってそう聞くと、男は卓の上に置いてあった紙を手に取りながら告げる。
「そうは言わない。
だが死を望む者の破れかぶれでの意見は参考にならない、という見方はあるな」
この男の言葉に、雨妹は目を丸くする。
――この人、気付いていたのか。
そう、雨妹の目からも徐は死にたがりの人の行動や表情に見えたのだ。
その手の人を放っておくと、己が死ぬためになんでもすることがたまにある。
自ら死ぬ度胸がないから、他人に殺してもらおうという心境になったのならば危ないと、雨妹は思ったのだ。
この考えに、どうやらこの男も同様に思い至ったらしい。
「徐については、あくまで事情を知っていそうだから身柄を確保したに過ぎない……だが刑部もずいぶんと舐められたものだな。
罪を背負うべき者かどうかは分かるもので、それで言えば、あの女からは悪事に手を染めた者特有の匂いがしない。
アレはどこまでも綺麗な生き方しかできない人間さ」
男はそう言い放つ。
――徐さんが悪いんじゃあないのかなぁ?
ならば、徐は何故自ら手紙を出してまで、刑部に捕まりたがったのか? 前世の刑事ドラマ的お約束だと、誰かを庇っているということになるのだが。
雨妹が「う~ん」と首を捻っていると。
「そこに座れ、茶くらいは出る。美味くはないが」
男はそう言って、先に卓を挟んだ椅子の片方に座ったので、雨妹も素直に席に着く。




