157話 連行されましょう
どうやら連行されるのは、雨妹ではなく徐であるようだ。
「え、徐さんなんで、あ、連行って……?」
混乱して切れ切れの単語しか口から出ない雨妹に、男が「なにを言っているのか分からん」とバッサリと切り捨てる。
「そちらの徐をこれから刑部へと連行する。
これに関してお前からなにか情報があるのであれば聞こう」
そしてそう言い直して、ついでのように後半を付け足す。
「なにかと言われても……」
雨妹が「う~ん」と考えるのに、徐が「なにもないよ」と拒否する。
「この娘は最近ちょいと顔を合わせたことのあるってだけの間柄だ。
昨日そこの穴をほじくっていたのを見て、もう逃げられないと思ったまでさ。
アレを手に入れたのはアタシ、全部アタシが悪いんだ」
思いもよらないことを語る徐に、雨妹は「はぁ!?」と思わず叫び声を上げる。
――そんなわけないじゃん! いや、あるのかな⁉
徐からケシ汁中毒者の気配は見られないが、手に入れてばら撒いただけならば、自身は中毒者にならずに済む。
それに雨妹は、徐のことを詳しく知っているわけではない。
大混乱の雨妹が男と徐の間で視線を往復させていると、男が「なるほど」と頷く。
「刑部へ届いた手紙は間違いなく本人のものというわけか?」
「そういうことだから、アタシをさっさと連れて行っておくれよ」
男が確認するのに、徐がそう言って急かす。
今の会話からすると、徐が刑部に対して手紙を出したということで、それは懺悔の手紙だったのだろうか?
――刑部がわざわざ動いたのは皇帝陛下からの命令の他にも、理由があったってこと?
こうした大まかな流れにどういう背景があるのか、雨妹にはわからない。
だが雨妹はこれまでの徐の様子でとあることが引っかかっていた。
徐が本当にケシ汁を持ち込んだ犯人なのかどうかは、雨妹にはわからない。
けれど、彼女の表情や口調から諦めのような、投げやり的な気持ちが窺えたのだ。
それは、悪事が明るみになった故の諦めたというよりも、もっと深い、それこそ人生を諦めているかのような雰囲気を感じる。
「ではいくぞ」
「はいよ」
男が促すように、徐が足早に去ろうとした時。
「ハイ! 私、付き添いを希望します!」
雨妹は勢いよく片手を挙げて、主張した。
「……なんだと?」
男が眉を上げてこちらを見てくるのに、雨妹はキリッとした顔をする。
――このまま徐さんを行かせると、良くない気がする!
雨妹は鼻の詰め物でフガフガしないように、ハキハキと告げた。
「そちらの徐さんの付き添いをしたいです!
今の徐さんは心身が不安定のように見受けられるので、知らない人にずらっと囲まれると、うっかりあることないことを言って捜査を混乱させてしまうのではないでしょうか!?」
絶対について行くぞという気迫を込めて述べる雨妹に、徐が嫌そうな顔をした。
「アンタだって知らない相手じゃないか」
「私、焼き芋を一緒に食べたくらいに仲良しです!」
雨妹は徐のもっともな指摘をまるっと無視して、男に主張する。
男は雨妹と徐をしばし眺めると、「同行くらい、別に構わない」とあっさりと許可を出す。
「どのみち、お前からも詳しく話を聞きたかったところだ。
こちらは後日にしようと思ったまでだが、本人の希望ならば今日でも構わん」
「やった、行きます! 情報提供します!」
ハイハイ! と両手を上げる雨妹に、男は呆れ顔で言った。
「ただ、自ら刑部へ行きたがる輩は初めて見たがな」
――そうなの?
雨妹は前世で刑事ドラマも好きだったので、いつか警視庁を見学しに行きたいと思ったものだ。
この夢は叶わなかったが、その代わり今世で刑部の見学をする機会に恵まれたのだから、これを逃す手はない。
というわけで、雨妹は刑部へ行くことになった。
そして今日も、掃除が半端になってしまう。
――申し訳ない、明日こそは頑張るから……!
雨妹は教坊の建物がガッカリしているように見えて、心の中で謝った。




