152話 異変
「輸入というと、佳が思い浮かぶけれど」
明賢も流通路として佳を考えたらしく、そう告げてきた。
「あちらについては、陛下を通して黄徳妃から黄家へ伺ってもらうことになるかな」
「そうなるでしょうね」
明賢の意見に、秀玲も同意する。
黄徳妃とは、徐州の黄家から百花宮に入った人で、あの利民の伯母が百花宮入りを競って負けた相手でもある。
百花宮内でのことを黄徳妃を通さずに黄家へ繋ぎをとるのは、確かによくないだろう。
佳のことは、それでいいとして。
「しかし私個人の考えでは、東の国が怪しいのではないかと思っている」
明賢は少々声を潜めて告げた。
「東、ですか」
最近東からどうのという話を聞いたばかりである立勇は、また東の地名が出たことに微かに息を呑んだ。
「最近、東の国境に金が流れ過ぎている。
小競り合いとはいえ戦争だし、戦争にはとにかく金がいるものだから、不自然ではないとも考えられる。
けれど、なんだか気になってね」
明賢の言葉に、立勇と秀玲は顔を見合わせる。
主の懸念は、仕える者にとっての道筋となる。
「ではまず、情報を集めることからですかね」
「わたくしも、実家にそれとなく東について聞いてみますわ」
こうして、主従の話し合いはなされていく。
***
一方、ちょうどその頃。
宮城の外では、明家の居候である東が、この日も市場をウロウロしていた。
見覚えがあるように思える場所やものを一つ一つ確かめて、気になった場所で「自分のことを知らないか?」と道行く人に声をかけてみる、ということを繰り返している。
――今日も、成果はなしか……。
実はあの娘の言っていた音楽というものが気になって、流しの琵琶師がいるあたりをうろついてみたことがある。
けれど東は、なにか気になるどころか妙な焦燥感に駆られてしまい、早々に立ち去ってしまった。
焦燥感の正体はわからないのだが、「これではない」という気持ちになったのだ。
自分はなにか、琵琶というものにこだわりがあったのだろうか?
もしや自分は琵琶師であったのかと一瞬考えたのだが、生憎と琵琶を弾ける気がしない。
完全に自分探しに行き詰ってしまった東が、一人トボトボと歩いていると。
「そこのお前」
ふいに横手から声をかけられ、東は立ち止まって振り向いた。
そこに立っていたのは、異国を感じさせる容貌の知らない男である。
しかし同時に、どこかで見たことがある気もする相手であった。
「なんでしょうか?」
もしや自分と同じく都に疎く、なにかを尋ねたくて声を上げたのかと思ったのだが、あちらは何故か止まった東に驚いている様子である。
「……とぼけているのか?
まあいい、逃げないのは楽だしな」
なにやらブツブツと言っていた男が、片手を振り上げた。
その手の先には、日の光をきらめかせているモノが握られていて――
「東!」
ガキィン!
新たな声と、金属音が男と東の間に割って入った。
「明様!?」
割って入った者の正体は、東が世話になっている家の主だ。
その手には、剣が握られている。
「チッ、邪魔が入ったか」
あちらはしかめっ面をすると、すぐにこの場から去って人込みに紛れてしまった。
こうなっては追うのは難しいだろう。
いや、東は追うどころか、驚きのあまりに足が固まってしまっているのだけれども。
――今のは、一体なんだったのだろう?
東は謎に思いながら、とりあえず助けてくれたらしい明に礼を言う。
「明様、助けていただきありがとうございます。
けど、どうしてここに?」
「医者帰りだ。アイツは誰だ?」
明は剣を仕舞いながら東の質問に短く答え、さらに問い返してきた。
これに、東も返答に困る。
「それが、突然声をかけられてああなって、誰なのか知らないのです。
いや、どこかで見た気が……?」
自分で言いながら疑問に思えて、東は考え込む。
その様子を見て、明は眉をひそめていた。
「あれは、東風の顔立ちであったか?」
その呟きは、東の耳に入らなかった。
***




