151話 どこから来たもの?
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立勇たちが太子宮の周りをウロウロしていた雨妹を発見してからの、衝撃の報告を聞いた後。
「これから楊おばさんにも報告しなくちゃいけないんです」
そう話す雨妹に、明賢が「くれぐれも身辺に気を付けて」と注意を促し、立勇は付き添って送り帰すようにと申し付けられた。
雨妹が発見したモノの危険度から、どこで誰に見られたかわからないので、安全に気を配るに越したことはないという考えなのだろう。
そんなわけで立勇が雨妹を送り届けている間に、明賢は雨妹との話で押していた予定を大急ぎでこなしていたようだ。
立勇が戻ってくると、室内は結構な散らかりようであった。
とりあえず見苦しくない程度に室内を片付けたところで、秀玲がお茶を淹れて休憩を挟んでから、先程の話の続きをすることになった。
ちなみにあの箱の中に入ったケシ汁の燃えかすは、貴重な証拠物ということで、臭いが漏れないように二重に箱に入れて保管している。
明賢がお茶で喉を潤してから言った。
「雨妹はどうだった?」
「は、特に誰かにつけられることもなく、普通に行って帰ってまいりました」
立勇の報告に、明賢が眉をひそめる。
「それはよかったけれど、拍子抜けなのが不気味でもあるね」
「同意であります」
明賢の懸念に、立勇も頷く。
一体誰が宮妓に危険なものを渡したのか、そこが問題であるからだ。
さらに、明賢が疑問を口にした。
「雨妹の説明を聞く分だと、都の近辺の里でケシ汁を作っている可能性は低いのかな?」
これに、立勇は考えながら意見を述べる。
「相当大規模に花を育てる必要があるようですし、そのような広大なケシ花畑があったら、食べられもしないのにと噂になりそうなものかと思われます」
「確かに」
立勇の言葉を聞いて、明賢も同じように考えていたのか否定しない。
「わたくしも、そのような花畑の噂は聞いたことがないですわね」
秀玲も首を捻りながら呟く。
花というものはこの国では、飾るのも庭に植えるのも余裕のある家でしか買われない贅沢品である。
第一、花を植える花壇のある家とは、貴族や裕福な商人の家くらいだ。
普通の家では、花を植える場所があるならば野菜を植えるだろう。
「もしうまくだまして農家に育てさせようとする者がいたとしても、農家からすると花なんて本当に金になるか不明であるのに、臭さで具合を悪くしてまで育てるものかと疑問ですね」
そう話す立勇は、近衛の仕事で城壁内の見回りをするので、多少は市場の動向を知っている。
花を育てることだって、上手く貴族や富裕層相手に商売をすれば、大成功をして大金を得られるだろう。
しかし、農民たちにはそうした花を買う者たちへの伝手がない。
だからといって仲介を商人に頼めば、商人は花を「食べられもしないものだから」という理由で安く買い叩き、それを客に高額で売って大もうけをする流れになるのが目に見えている。
故に、一般的な農家にとって花栽培は「儲からない仕事」であるのだ。
今出回っている花類は、商人がお抱えの農家に野菜のついでに育てさせている物だと聞いたことがある。
そのような事情であるのに、農家がケシ汁の材料である花の栽培に、無知のままで手を出したがるとは思えない。
「安い仕事の上に臭いとなれば、ケシ汁は好んで加工のために育てたいものではないですわね」
秀玲も立勇の意見に納得のようだ。
「一応国内での製造の可能性にも気を配るとしても、やはり他国から入って来たと考える方がよさそうだ」
明賢がケシ汁について、そう結論付けた。
だが雨妹が言う陳医師の意見だと、ケシ汁は他国からの輸入品だったか。
そのケシ汁を邪な目的のためにひそかに取引するとしても、そのような輸入物の薬を買える者となれば限られるだろう。
――輸入となると、近いのは佳の港か……。
立勇は夏に訪れた佳の街を思い浮かべる。
ケシ汁の中毒者という連中がどのようなものなのかは想像するしかないが、かなりおかしな酔っ払いだというのが近いのかと考えている。
けれど佳でそのように妙におかしな酔っ払いが多いと感じたことはない。
雨妹が言うには、酒でそこまで害がある程に酔うためには、庶民が手に入れられる酒では無理だという。
ならば船乗りたち程度の酒量では問題ないはずで、その上でおかしな連中を見なかったとなると、佳の街でケシ汁のようなものが流通していないという希望に思える。
立勇は佳に長逗留をしたためにそこそこ愛着がわいているので、そこが無事であればいいと願うばかりだ。