145話 教坊にて
教坊は百花宮の宮城に近い場所にあった。
この教坊を挟むようにして四夫人の宮がそれぞれ位置しており、そこから城壁に向かって下位の妃嬪たちの屋敷が並んでいる。
壁により近い妃嬪が、位が低いというわけだ。
宮妓たちを各宮の宴席に派遣するための移動のことや、最もお得意さんであるのが四夫人であることを考えると、教坊の場所は自然とここになるのだろう。
――私ってばなんだかんだで、こっちの方ってあんまり来ないよね。
四夫人の宮周辺は、やはり高位の宮女しか出入りをしないものなのだ。
となると、その近くに位置する教坊の出入りにも、四夫人の宮に近いことを憚って、やはり高位の宮女が選ばれていたのだろう。
道理で雨妹が知らないはずである。
「まあそんなことは置いておいて、掃除だ掃除」
なにをするにも、まずは仕事をこなした後の話となる。
というわけで早速掃除に取り掛かった雨妹なのだったけれど、教坊内は想像していた通りにやっぱり汚れていた。
必要最低限の掃除しかされておらず、生活に困ることはないが、住み良くはないという状況で維持されているようだ。
――王美人のお屋敷の時よりもマシなんだけど、でもこの中で暮らすのは嫌だなぁ。
雨妹はそんな風に思うものの、あの時と違って今回は一人きりでの作業というわけではなかった。
他の掃除係も教坊のどこかにいるはずだが、その気配を感じない。
恐らくは離れた場所にいるのだろう。
楊からは特に連携をとって作業をするように等のことは言われなかったし、教坊側からなにか言ってきたわけでもないため、雨妹のやり方で掃除をしていくことにした。
とりあえず外回りから掃除しようということで、いつも通り埃落としの作業からやっていると、わかったことがある。
「なんか、掃除がきちんとされているところと、手付かずっぽいところがまだらにあるなぁ?」
雨妹は立っている位置から前後を見渡して、首を捻る。
そう、それなりに掃除されていて埃があまりない箇所と、どのくらい掃除されていないのか謎な箇所とに分かれているのだ。
どうしてこんな面倒な掃除の仕方をしているのか、掃除をサボるのならばサボる場所をもっとざっくりと分けた方が、楽にサボれるだろうに。
前任者の掃除の仕方を謎に思っていると、やがて。
――なんか、臭くない?
雨妹は掃除用布マスクのせいで気付くのが遅れたが、どこからかツンとした臭いが漂ってきていることに気付く。
「クンクン、どっからしているの? この臭い」
雨妹は布マスクを外して、風に乗ってくる臭いを嗅ぐ。
いい香りとはお世辞にも言えない刺激臭であり、台所が近い場所でもないので、生ごみ臭ではないだろう。
それに、生ごみの臭いとは違う種類の臭さだ。
雨妹はその妙に鼻につく、嗅ぎなれないような、それでいてどこかで嗅いだことのあるような、妙に意識に引っかかる臭いを追っていく。
すると建物の外れにある空き地の地面に、穴が掘ってから埋められている跡を発見した。
「この穴から特に臭いが強烈にするなぁ」
どうやらこの場所が風上になっていて、風が吹くと臭いを拡散させているようだ。
それが建物の構造で風の流れの道ができて、臭い場所とそうでもない場所とが出来ているのだろう。
――なにを埋めたんだか、ごみは埋めないでちゃんとごみで出してよね!
雨妹は憤慨しつつ、箒の柄で穴をほじくり返す。
「お、なんだこれ」
すると出てきたのは、なにかを燃やした燃えカスだった。
――煙草の燃えカスかな?
でも、煙草の燃えカスなんて、他のごみと一緒に処理してもらえばいいだろうに、何故こんな風に埋めているのか?




