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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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142話 急がず、のんびり

 そんな中で、雨妹は東にすぐに与えられそうなのは目的だろうと考えてから、口を開く。


「東さん、明様ってば寂しい男暮らしですから、あなたがいると楽しくて、生活に張りが出るみたいですよ?」


雨妹がそう告げるのに、明がギロッと睨んでくるが、おそらくは「人様の暮らしを『寂しい』呼ばわりするな!」とでも言いたいのだろう。

 しかし、口に出しては言わずにいる。

 するとさらに。


「そうですねぇ、この老婆も旦那様の顔だけを見る生活にはほとほと飽きておりますよ。

 やはり若い男がいるっていうのは、よいものですねぇ」


老女がどういうつもりで言ったのかはわからないが、心底そう思っているようにニコニコ笑顔で告げた。


 ――いや、これは本気の言い方だな。


 老女の目を見て、雨妹はそう察する。

 痛風の治療前の明の世話に、よほど思うところがあるのだろう。

 明もバツの悪そうな顔で、老女に苦情を言ったりはしない。

 戸惑うような東に、雨妹はもう一押しする。


「物事は『急がば回れ』だと、どなたかが言ったらしいですよ。

 悩んで落ち込むより、楽しい事をして気分よく過ごしましょう。

 時が来たら嫌でも思い出して、そうなったらきっと忙しくなってしまいますから、今のうちに休暇だと思うんです」


雨妹の言い分に戸惑うようであった東だが、やがて「ふふっ」と笑いを漏らした。


「あなたは、面白いことを言うお嬢さんですね。

 ですが、そうですね、案外そんなものかもしれません」


どうやら東の気分を少しでも変えることに成功したようで、雨妹はニコリと微笑む。


「そうですよ! それにせっかく都にいるんですもの、都でしかできないことをしたらいかがですか?

 例えば、劇を見たり音楽を聴いたりとか。

 そうそう、人に聞いたのですが、流しの琵琶師という人がいるらしいんです。

 私は田舎から出てきた上に百花宮暮らしなもので、生憎と出会ったことがないのですが」


そうなのだ、雨妹が今世で音楽を聴いたことがないという話をすると、楊から都には流しの琵琶師が多くいると聞いたのだ。

 当たり外れが大きいらしいが、流しの琵琶師を自宅の宴席に呼ぶのが流行りなのだという。


「庶民でも音楽を聴きながらお酒が飲めるなんて、都って優雅ですよねぇ。

 私も流しの琵琶師を探して、聴いてみたいです」


この雨妹の感想に、立勇から「できるわけないだろう」とツッコみが入る。


「ああした連中が出没するのは花街に近い飲み屋街だ。

 誰であっても、若い娘をそんな所に連れて行けるはずがあるまいに」


「まあ、だいたいが大店に入れない妓女だからな」


立勇の言葉に、明がそんな打ち明け話を追加する。


 ――まあ、流しの琵琶師の正体がそうなんだろうとは思ったけどさぁ!


 雨妹は正論を告げてくる立勇に、ムッとして頬を膨らませる。


「ですけど、今の私は琵琶っていうのに興味津々なんです!

 音楽を聴きたいんですぅ!」


そう、人間とはなまじ近くに接してしまってそれが手に入らないとなると、余計に欲しくなるもの。

 徐という琵琶師を知ってしまって、その音楽を聴けないことで、余計に聴きたくなっているのだ。


 ――この際徐さんでなくてもいい、とにかく音楽が聴きたい!


 こんな「私に音楽をクレクレ」状態の雨妹に、立勇は「面倒な奴め」と呟く。


「音楽……」


一方で、東が驚いたような、なにかがひらめいたような顔をした。


 ――なにか、引っかかったのかな?


 もしかすると東は、音楽を聴けるような優雅な生活をしていた人なのかもしれない。

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