139話 野次馬に行こう
*お知らせ*
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その翌日。
雨妹は立彬――ではなく立勇と共に、明の屋敷へ向かう道中にいた。
なんと、楊に明が記憶喪失の男を拾ったらしいという話をしたところ、「じゃあ様子を見ておいで」と告げられてあっさりと外出許可が出てしまったのだ。
「あたしゃあ生憎忙しくてあの男の顔なんざ見に行く暇がなくてね。
代わりに雨妹、なにか面白い話を見繕ってきておくれ」
楊からそう言って送り出されて、今ここにいるというわけである。
――なんだかんだで、楊おばさんも話のネタに飢えているんだろうなぁ。
なにせ百花宮は閉ざされた場所なので、話題に上がる内容が偏っているのだ。
宮廷の醜聞話には事欠かないが、そればかりだと少々飽きる。
なのでこうした真新しい話題が出ると食いつきたくなるのだろう。
徐のことも気になるが、それはそれとして焦っても仕方がないので、好奇心を優先させた雨妹であった。
もちろん、手ぶらで野次馬しようというわけではない。
野次馬賃とでもいうのか、楊から糕――蒸しパンを持たされていた。
楊曰く、『アイツはどうせこんな洒落たものを自分で用意しないだろうからね』だそうである。
もちろん美娜お手製だ。
「全く、お前たちは物見高いな」
そんな事情を背負った雨妹のお供にと声をかけられた立勇が、若干呆れ顔だ。
雨妹は正直、お供役が熊……もとい李将軍ではなかったことにホッとしている。
明を訪ねる際には李将軍が出張って来る印象があったので、今回も若干警戒していたのだ。
百花宮の外へのお使いは、たまに発生する宮女が外に出れる貴重な機会だが、決して一人では出られず、誰かしらが見張りにつくのが決まりだ。
その見張りとは普通ならば一般兵なのだろうが、雨妹は何故か李将軍が高確率で現れるという、謎仕様であった。
それはともかくとして。
雨妹たちは、もはや見慣れた明の屋敷に到着した。
「おや、お嬢さんかい、久しぶりに見るね」
玄関から呼びかけると、あの家人の老女がそう言って出迎えてくれる。
そして「旦那様なら、庭にいますよ」と語り、老女は明の意向を伺うこともせず、さっさと雨妹達を中へ案内してしまう。
――この家の中での権力構造がわかっちゃうよね。
自由な老女の後について行きながら、雨妹は一人頷く。
人間関係とは、身分ある者が真に偉いとは限らない。
すなわち、明はこの老女に敵わないというわけだ。
そうして庭に行くと、そこで木の棒を振っている男がいた。
逞しい身体つきとキリッとした顔の、なかなかの男前だ。
さてはこの男が噂の客人か? と雨妹が考えていると。
「明様、お客様でございますよ」
老女が男にそう声をかけた。
――え、明様?
目を丸くして驚く雨妹をよそに、男――明がこちらを向く。
「客人が来るとは聞いていないぞ?」
「はぁ、急に参りましたもので」
明の暗に「先に知らせろ」と言いたげな問いかけに、老女がしれっとそう返す。
「……えっと、明様? 本当に?」
その陰で、雨妹は立勇の脇腹を突いて尋ねた。
これに立勇が眉を上げる。
「言いたいことはわかるが、この方が明様だぞ」
「嘘だ、全然違いますって!」
立勇がそう言うのに、雨妹は言い返す。
「人を見るなり、失礼だなお前らは!」
このやり取りが聞こえたらしい明が腹を立てているが、雨妹はそんなことを気にしていられない。
――だって、わからなくない!?
以前の明は髪や髭がボサボサで、寝不足と暴飲のせいで顔色も悪く全身たるんだ身体つきという、いかにも不健康そうな身なりをしていた。
それが寝不足で張り付いていた目の下の隈を取り除き、悪かった顔色を直し、たるんだ頬を引き締め、むくんでいた全身を絞って程よく筋肉を付けたら、なかなかの男前な中年が出来上がっていた。
つまり、はっきり言って以前とは全く別人なのである。
雨妹としては前の明が近衛だと言われてもにわかに信じがたかったが、今のコレで近衛だと言われれば納得である。
木の棒を振っているところを見ると、どうやら痛風もそれができる程度には改善してきているようだ。
「すごい! よくコレをあそこまで悪化させましたね⁉
どんな不養生をしたらこうまで変わるのか、いっそ詳しく調べたいです!」
心底感心する雨妹に、明は逆に心底嫌そうな顔をする。
「やめろ! 本当にあの医官が調べに来そうだ。
俺ぁその調子で、絵姿まで描かれたんだぞ!?」
「奇跡の生還を果たした事例として、珍しいのに」
文句を喚く明の態度に、雨妹は呟く。
「この二人、相容れそうにないな」
そんな二人の様子を見て、立勇がそう零した。




